長編小説

□息ヲ殺す。
3ページ/31ページ


……ピピピピピピ!

不意に聞こえてきた目覚まし音に俺は飛び起きた。
煩く叫び続ける携帯をスタンド型の充電器から取り上げて、目覚ましマークを解除する。
時刻は午前5時30分。どうやら目覚ましを解除して寝るのを忘れたらしい。
今日は俺は仕事もなく、完全なオフ日。しくじったと思った。
ぼさぼさの頭を掻きながら、まだ数時間ほどしかいなかった布団から這い出る。
そしてそのまま浴室へと向かった。


「朝、はやっ」

顎が外れそうなくらい大きな口を開けて、納豆としらす、そしてマヨネーズがかけられたトーストを頬張る俺の双子の弟。
朝から胸焼けしそうなメニューだが、俺は出来るだけ平常心を保つよう努力した。

「今、引いただろ。昔から言ってるじゃん。顔に出さなくても何となく思ってることわかるって」
「それもそうだな」
「で、今日も仕事なの?朝早すぎじゃない?」
「それは紅葵には言われたくないよ。昨日、遅かったんじゃないの?今日も仕事?」
「遅かったのはお互い様じゃないか。違う違う、目覚まし解除し忘れたの。もしかして蒼生もとか?」
「まったく同じでございます」
「やっぱりオレ等、兄弟なのね」
「だろうな。10ヶ月も母さんの腹の中で窮屈に納まっていたんだから」

やっと用意できたホットコーヒーにミルクを少し加えてから紅葵の座るテーブルの向かいの席に腰掛ける。
朝刊が机に置かれていたため何となく開けばどうやらその朝刊はかなり前の夕刊だったらしく、日付が古かった。
俺は仕方なく元の位置に夕刊を戻し、テレビのチャンネルを変える。
まだ面白そうな番組はやっておらず、綺麗なアナウンサーが淡々とニュースを読み上げていた。

「あれ、蒼生も今日休みなんだよな?」
「そうだよ。なに?急に。アイドルが堂々と真昼間にそこらへんをウィンドウショッピングするのか?」
「聞き捨てならないな。オレはアイドルじゃなくてファッションモデル。そこ間違わないように」

紅葵の職業はファッションモデルで、それも<ユーファン>という雑誌にしか出ていない。
<ユーファン>という雑誌は若者向けのファッション雑誌なのだが、意外にも中高年にもできるファッションを取り上げている為、多くの世代に読まれている人気雑誌なのだ。
そして紅葵が採用されてからはさらに雑誌の売り上げが上がり、紅葵の知名度はネットで検索をかければ上位に名をのせられるほど。
ちなみにいえば、モデルの紅葵は紅という名を用いている。
何故、その雑誌にしかのらないのかというと決して他に仕事がないわけではなく、初めて紅葵をスカウトしたのがそこだったから紅葵もそこのみに出ると決めているらしい。
頑固な性格のようだ。

「もっと全面的に出ればいいのに。かっこいいのにもったいない」
「いや、蒼生も同じ顔してるけどな」
「俺は駄目だよ。自分を綺麗に保つとか面倒だし」
「綺麗にすればいいじゃん。絶対蒼生かっこよくなるって」
「ぼさぼさ頭でも?」

そう、俺の頭はいつだって鳥の巣状態。
襟足にかかるまで伸びた髪と、目元にかかる鬱陶しい前髪。
それとは正反対に、丸く整えられた王子様のような髪型をした紅葵。
その為か表情も随分と明るく感じられる。
オーラがキラキラしているのだ。

「よし、今から用意して今日はショッピングだな!」
「女子かよ」
「いいじゃん。兄弟水入らずで」
「いいけど」
「じゃあ、朝ご飯食えよ。納豆トースト」
「それは遠慮しておくよ」

時刻はそろそろ午前7時を回ろうとしていた。



「でーきた」

語尾を跳ねさせながら、楽しげに言う紅葵。
俺は鏡をそうっと覗き込む。

「うわうわうわ!鏡の中に紅葵がいる!」
「何気持ち悪いこと言ってんの。同じ顔なんだから当たり前じゃん」
「当たり前の方が怖いよ」
「それもそうか」

いつもはボサボサで、襟足まで伸ばした髪なんて整えたことなかったけど、モデルのセンスに任せればあら不思議。
自分の顔がイケメンとまでは言わないが、ワックスでまとめられた髪をしているだけで、紅葵と同じモデルの仕事が出来そうな感じがした。
ちょっとだけ、気分がうきうきしている。

「嬉しそうだな」

やっぱり紅葵には覚られるけど。

服まで紅葵にコーディネートしてもらい、完成した俺。

「いやー、もうマジックの領域だよね」
「なに面白いこと言ってんの?」
「俺、こんな格好絶対似合わないと思ってた」
「いや、お前オレと同じ背格好だし、同じ顔してるじゃん」
「それはそれ」
「ああそう」

先に玄関にいた俺の前に用意を終えて来た紅葵。
深く帽子をかぶった、細身のズボンと大きめサイズのトレーナーを合わせていた。
たぶん、普段の俺が着たらオタク男子全開って感じ。

「さぁ、行くか」
「そうだね」

朝、9時半に揃って家を出る。
これから電車で30分、揺られ揺られ、ショッピングモールへ向かった。

「普通に電車乗るんだね」
「乗るでしょ。いや、お前本当面白い。オレ、別に普通だよ?蒼生と何も変わらないからね」
「いやーだって、ねぇ?」

一応、モデルだし。
さっきからちらちら向かいの扉付近に立っている女学生2人がこちらを見ているし。

「蒼生のことがかっこいいんじゃないの?」

にやっと意地悪く笑って言う紅葵。

「いや、もう紅葵の正体がばれてるんじゃない?」
「それはないよ」
「なんで?」
「誰もオレを生で見たことないからね。あんなもの所詮カメラ越しだし、実際は大したことないってことじゃないの?」

けたけた笑う紅葵。
どうしてか笑い方は似ていない。
そして紅葵の方が忙しく表情を変えるんだ。

「そんなもんなのかなぁ」
「むしろ蒼生の方が、どうして普通に喋ってて気付かれないのかがオレは不思議」
「いや、だって俺、顔出しNGだし」
「名前も隠してるしね」

俺の芸名は青。
アニメなどのエンディングには青の名前で表示される。
まぁ、そうとうのファンでなければ気付かないだろうな。
というか、アニメキャラに恋しているのに中身に興味なんかあるのだろうか。
それがそもそもの疑問だ。

「ちょっとさ、あの学生に手振ってみてよ」
「え!嫌だよ」
「ヘタレか。気持ち悪いぞ」
「うるさい」

久しぶりにこんなに素で喋った気がする。
溜息をもらすと、何故か女学生はきゃぁ!と黄色い悲鳴を上げた。

電車の移動ですっかり疲れた俺はショッピングモールに着いてすぐ、小さなカフェで休憩をしていた。
頼んだのはホットチョコレート。生クリームのせ。

「あー、ほっとする」
「それはよかったね」

一口飲むたびにほっと息を吐く俺とは対照的に、がっつりパンケーキセットを食べている紅葵。
細いくせに大食い。きっと歳をとってから一気に太るタイプだと思う。
……そんなこと言ってたら、俺も同じことになりそうだ。気をつけよう。

「で、どこから見るの?」
「特に決めてないけど」
「じゃあなんで来たのさ」

俺はもう帰りたいよ。
でもまた電車になるのか。
女子高生がいない車両に乗りたいな。
……って、そんなこと考えたら俺が自意識過剰みたいじゃん。
あーもう、穴があったら入りたい。
誰も俺を見つけないでください。

「なんか、ひとり百面相で忙しいよ?蒼生」
「俺、そんな百面相してた?」
「うん。そんなに女子高生に話題にされてたのが嫌だった?」
「嫌だよ。なんで見ず知らずの人に騒がれなきゃいけないのさ。気持ち悪い」
「うーわー、絶対アイドル向いてないね」
「そもそもアイドルになりたいわけじゃないしね」
「ふーん。あ、オレ新しい靴欲しいんだよね。これ食べたら靴見に行こう」
「いいよ」

どこの店に入ってもすぐに店員に声を掛けられた。
俺はあまり人との会話が好きではないから、対応は紅葵に丸投げした。
呆れ顔の紅葵だったが、嫌なものは嫌だ。
なんでだろう。
アニメに合わせて喋るのは楽しいのにな。

「あ、あれいいな」
「あ、あれいいな」

紅葵とはもった。
視線の先にはまったく同じ靴。
店員さんが笑っていた。

「色違いとかどう?」
「いや、この歳で色違いとかないでしょ」
「じゃあオレ別のにしようかなー」
「いいよ、紅葵買えばいいじゃない。俺の方がファッションに気を遣うことないし」
「駄目だよ。自分がピンと来たのを買わなきゃ」
「尚更、俺、買いづらいじゃん。紅葵がいいって言ったんだから」
「やっぱりお揃いじゃない?いいじゃん、別に並んで歩くわけじゃないし」
「そーかぁ?じゃあ買うよ。俺、地味な服装が多いから、赤色にしようかな」
「じゃあオレは青にしよう」

営業スマイルの店員さんにそれぞれ靴を渡す。
支払いを終えた後、適当に服を見て回った。
結局、靴に合わせて一式買ってしまった。
でも、久しぶりに羽が伸ばせた気がする。
 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ