長編小説
□Lost Piece
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「あ、あの、あとどれくらい俺は車に揺られてるのでしょう……?」
「そうですねぇ。気付いた頃に到着していますよ」
「はぁ……、言い難いのですが、こう、退屈しのぎになるようなものはありませんか?」
「今回の方は忍耐力がありませんね。これしきの移動時間で音を上げるとは」
「すいません……でも、なんか、暇で暇で……」
「眠くありませんか?」
「あまり」
「ではラジオでよければ流しますよ」
「お願いします」
備え付けのデッキから少しのノイズと、ラジオが流れ出す。
言葉はよくわからない。
「BGM程度で申し訳ない。生憎、このデッキは古いものでどこかの国の言葉のものしか流れないんですよ」
「いえ、充分です」
わかりやすい嘘を吐いてくれる。
どこかの国の言葉のラジオは淡々とニュースを伝えているようだった。
しばらく聞き流していると、自然と瞼が落ちてきた。
俺はそのまま、意識を手放した。
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ガタガタと車体が揺れているので意識が浮上した。
車窓から見えた景色は鬱蒼と生い茂った木々だった。
一体どれほどの間眠っていたのだろう。
「もうじき着きますよ」
バックミラーに映った運転手の男の口元が穏やかに緩められた。
俺は恥ずかしくなり、車窓の外に目を移した。
しばらく続いた木々がひらけ、目の前には白塗りの壁の大きな家が見えた。
「お疲れ様でした。ようこそ、有栖川家へ」
車が止まり、男と共に車外へ出る。
更に大きく、そびえ立つ家に開いた口が塞がらない。
「くすっ」
男が笑う。
俺は慌ててだらしない表情を改める。
「失礼。では、案内しますので、ついてきてください」
「はい」
これからはじまる奇妙で歪な日常に、今の俺はまだ抵抗を感じていることを知らない。