長編小説

□四季神様
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【夏】


春の穏やかな暖かさと異なり、太陽の日差しが痛いくらいに肌に降り注ぐ季節は夏。
作物はその太陽の恵みを有難むかのように水々しく、大きく、艶やかに実り、食欲をそそる匂いをまとう。

汗水たらして作業をした人々はもぎたての果肉を大きな口で頬張る。


「今年もいい夏をくださったな」
「ああ、今年は本当にいい夏だ。夏神様の調子が悪いって言ってたのは嘘だったのか?」
「なんだ、お前、知らないのか?代かわりしたんだよ。夏至家の坊ちゃんに」
「夏至家の坊ちゃんって、何年か前になったばかりじゃなかったか?そんなほいほい代わるもんなのか?」
「亡くなったんだよ。噂では自死らしいが、まさか次はその弟のほうになるとはね。神様もいたずらなことだ」


夏至ナツ。
18歳になったばかりの青年で、次男坊らしく少々間抜けな部分があるが、愛嬌があり、人好きされる容姿も相まって、学校ではよくモテた。

責任感の強かった実兄は夏神様に選ばれて5年で死した。
よりよい夏を届けようと願い、理想と現実がうまく噛み合わず、ここ2年間、夏は日差しを失っていた。

亡くなった兄を見つけたのはナツで、兄に触れた時、自分の身体が火傷のようにジリジリと、千切れるかのようにギリギリと激痛に襲われた。
左胸に印が刻まれたのはその時だった。

従者として仕えていた向日葵立夏に抱き起されたことで意識を取り戻し、すべてを理解した。
たぶん、涙とか鼻水とか、唾液とかいろいろ汚かっただろうに、立夏は自分の胸に強く抱きしめてくれた。


「お守りします」


ただ静かに一言そう告げた。

たぶん兄を自死の道から救い出せなかった罪悪感を抱いていたのだろう。

僕は「うん」とだけ答えた。

同時に僕はすべてを捨てた。

今まで当たり前に行っていた学校も行けなくなり、夏神様が住まう場所へ印が焼き付いたその日のうちに移された。

屋敷だが、他に人はおらず、いるのはナツと従者の立夏のみ。
しかも立夏は通いで来ているため、仕事が終われば帰宅してしまう。
決められた人しか来ないあまりにも静かすぎる場所に当てはまる言葉はただひとつ。

『気が狂いそう』だ。

娯楽さえ与えられず、ただ神様として夏を呼ぶために日々『気』を集める。
年に一度の呼夏日(こかび)のためにそこに在り続ける。

兄はこれに気をおかしくした。
確かに、阿呆になりそうだ。

しかし春も、秋も、冬も同じなのだろう?
どんな人かは知らないが、この4人は同じなのだから僕にできないはずがない。


「ナツ様、今年の夏はとてもよい夏です、と民が大変喜んでおられます」


立夏が夏野菜を持ってきた。
確かにどれも立派で、美味しそうだ。
だけど神様になってから知ったことだが、神様は過剰な栄養分を必要としないらしい。


「嬉しいけど、食事が必要ないのは今もなれないよ」


もちろんたしなむ程度には消化できるが、食事はほぼ必要ではない。
まさに神様らしい超人的な体質になっていた。

もしかしたら長生きするかもしれないが、神様は意外と短命の者が多い。
その理由は様々だが、まず多いのは自死。
続いて季節を呼んだ際に失敗による事故死。
気の使い過ぎによる枯渇死。
逆に気を集めすぎによる膨張死。

夏神様になって2年目だが、僕は比較的この生活が嫌いではなかった。
立夏のことも好きだし、勉強も教えてくれる。
夜も寝るまで隣にいてほしいと願えば、叶えてくれるし、朝も早く来てくれる。


「ねぇ、立夏」
「はい、ナツ様」
「一緒に暮らしてよ。ずっと僕の側にいて」
「了解しました。ずっとお側におります」


従者まで巻き込むのか。
こんな閉塞的な暮らしだぞ。
でも立夏は外へ行けるじゃないか。
だったら少しでも長く束縛してやりたい。
 
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