長編小説

□SeCrEt×sEcReT
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誰かを愛することも愛されることも、私はしない。
私は除け者にされた迷い猫。

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100年に一度、十二支の血を引いた半妖怪が生まれる。
両親どちらにも似ておらず、100年前のそれらに瓜二つ。
名前も両親につけられる前に決まっている。

そんな穢れ者の物語。

/

「お嬢様。お食事のご用意できました」

広大な庭の中央に建てられた大きな屋敷。
そこに私は住んでいる。
否、住まわされている。

私は100年に一度の血を受け継いでしまった除け者。
そして十二支の中でも除け者の猫の血が流れている。
そんな私の名は愁羽。

除け者には苗字は与えられない。
この世に産声をあげた時から名は決まっており、誰からも愛されることのない屋敷の幽霊と化する。
少なくとも、私はそういう存在だ。

長く伸びた髪をベッドの上に広げ、読書の時間を楽しむ。
私の部屋には全てが備えつけられている。
メイドがくるのは食事の用意の時のみ。
それ以外私の部屋に入ってくる者も、近寄る者もいない。

勉強はできる。
必要な知識は必要最低限入っている。
けれど私は会話というものが苦手だ。
誰とも喋らない、声を発することも皆無に等しい。
感情というものが不要でしかなかった。

私の体は弱かった。
一つだけよく知る、感情。
それは痛く苦しいものだ。
猫は先祖でも有名で皆、虚弱体質で生まれる。
いわば、十二支のおまけだ。

もうもうと白い湯気が立っていた食事がいつの間にか白い湯気を出すことをやめていた。
食事に手をつけたかのように見せるため、私はスプーンをスープの中に突っ込んだ。
そろそろメイドが食器をさげにやってくる。

「失礼致します。お嬢様」
「愁羽様。本日より愁羽様専属の執事として雇われました紅と申します。不束者ですが、今後ともよろしくお願い致します」

メイドが食事をさげるのと入れ違いに、執事がやってきた。
きっとお父様が手を回したのであろう。
メイドはさっさと食器を持ち、部屋を後にした。
残された紅という名の執事。

何も会話のない部屋。
しかし私以外の気配がある。
どうにも落ち着かない。
ふと読んでいた本から顔を上げ、執事というやつの顔を見る。

「御用ですか?」

優しく、ふわりと、鳥の羽のように微笑む紅。

「何でもしてくれるの?」
「愁羽様の望むことならば」
「じゃあ、あれ、はずして」

あれとは、私の部屋に取り付けられている監視カメラのことだ。
お父様が取り付けた。
私が外へ逃げ出さないようにするために。

今までも専属の執事やメイドはついていた。
けれどあまりにも人形のような私が嫌になり、すぐに逃げ出すように辞めていく。
もちろん誰一人としてお父様に叱られることを恐れ、あのカメラをはずした者はいない。
彼も同じだろう。
心のどこかでそう思っていた。

「畏まりました」

紅は私に一礼すると、カメラをあっという間にはずしてしまった。
驚いた。
彼は従順すぎる。
まるで犬ではないか。

「僕は愁羽様の望むことを全て実行致します。都合の良い時だけ都合の良いようにお使いください」

私はこの厳重に巻かれた鎖の心のどこかで、彼に期待をしているようだった。


彼との生活がはじまり早3日経つ今、特に大きな進展もなく、沈黙が流れていた。
私が話すこともなければ、ドア付近でただ何もせず立っている紅。
まるで置物同然だ。

私は家の者にも秘密にしていることがあった。
それは左手首に巻かれた包帯。
リストカットをしていた。
自分を保つことができないとき、気付いたら血が流れている。
しかし彼が来てからは一度も切っていない。
イライラが募るばかりだ。

十二支の血を持つ者の体は丈夫にできている。
ちょっとやそっとの傷で死にはしない。
でもきっと人間は知らない。
猫は痛覚が極端に鈍く、純血の十二支よりは人間寄りの体をしていることを。
つまり些細な傷であっても、放っておけば命を落とすこともあるということを。

このことは誰にも言わない。
言えば、二度と切ることができなくなる。
無意識に左手首を強く握る。
そんな様子を見ていた紅は心配そうな口調で。

「どこか痛む箇所があるのですか?」

そう問いかけてきた。
痛む箇所、か。
ぼんやりと包帯をみつめる。

「部屋から出て」
「畏まりました」

きっと彼は部屋の前で立っている。
いつ私が呼んでもすぐ来られるように。
パタンと静かに閉じた扉を確認して、隠していた刃物を取り出す。
はらっと包帯を解けば綺麗な白い肌。
私の肌に傷は残らない。
それが心を窮屈にしている。
痕が残ればそれで心が開けるのに。
何故、残らないの?

すっと肌に当てた刃物を引けばぷつぷつと血が流れ出す。
2回、3回、左手首から滴った血が白い布団を汚す。
痛みはない。

「愁羽様、何をしておられるのですか!」
「っ!?」

紅が部屋の中へ入ってきた。
命令に従順な彼が初めて反抗した。

「何で入ってきた」
「申し訳ありません。血の匂いを嗅いだもので……もしや、と思い」

血の匂い?
彼は、人間ではないのか?

「手当てしてもよろしいでしょうか」
「このままでいい」
「手当て、させてください」

紅は私の近くへ寄り、すっと刃物を取り上げてしまった。
そして丁寧に手当てをしてくれる。

「痛くはないのですか?」
「痛みはない」
「シーツ、換えますね」
「自分でできる」
「やらせてください」

彼がシーツの交換をする間、私は窓際に置かれた椅子に腰かける。
包帯を隠すように、捲っていたカーディガンの袖を下ろす。
切らなければいいのに、我慢ができない。

「終わりました」
「あなた、何者?」

微笑んでいた顔が一変、無表情になった。
恐ろしいと思った。
背筋が凍るようなそんな感覚が体内を駆け巡る。
彼から目が逸らせない。

「僕は酉の血を引く者です」

酉。もっとも恐れられている4体のうちの1人。
十二支の中の寅、辰、巳、酉は、四神の血を引くと決められている。
他の十二支たちより血が濃く、より妖怪に近いとさせる。
そしてこれに選ばれた4人は召し使いとなり、主に忠誠を誓う。
100年前も4人の召し使いと4人の主が互いに争い命を落としたという説もある。
それぞれの運命はその時にならなければわからない。

「お嫌いですか?酉は」

しゅんとする紅。
今はじめて、悲しげな顔を見た。

「別に」

それならば私も聞きたい。
猫は嫌いか?
でも聞けない。
こわい。
執事は嘘つきだ。

「僕は猫につけて光栄です」

寝言は寝ていうものだ。

「孤高の存在であるが、脆く、繊細で、一輪の花のように美しい」
「お世辞はよして。聞き飽きている」
「切りたくなれば、今度は僕もご一緒させてください」

変わった人だ。
刃物を返されたその手がとても温かかった。
 
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