長編小説

□猫田くんと小鳥遊さん
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某県立高等学校。
県立高校の割には、施設は私立並みで倍率がとても高く、今では金持ちしか通えないと言われ、偏差値は軽く70を超える特進高校だ。
そこに通う、猫田莉多は今日も多くの女子生徒の視線を独り占めしていた

「きゃー!リタ様のご登校よ!」
「今日も素敵ーッ!」

黄色い声は莉多の歩くところ歩くところであがり、彼の居場所はすぐに誰の耳にも入るほど。
しかし莉多本人にとってはあまり快いものではない。
平凡ととれそうな見た目なのに、何故今こんな扱いをされているのかも、莉多にはわからないまま、高校生活2年目に突入していた。

教室につくと、すぐに席に着く。
遠巻きに感じる視線は窓の外を見ることにより幾分か気を紛らわせられた。

「おっす、莉多」
「おう、環」
「今日も大人気だな」
「ほっとけ」

莉多の前の席に腰掛ける彼は、永沼環。
莉多とは幼馴染で物心ついた時から一緒にいる腐れ縁だ。

「でもお前、昔からそうだよな」

環の言う、昔からそうというのはこの状況の事である。
莉多は幼い頃から、どこに行っても注目され、黄色い声を浴び続けているのだ。
幼稚園の頃は園内ほぼ全ての女子から贈物をされ、小学校の頃はラブレターと贈物をほぼ毎日され、中学校の頃は男子校に通ったが、校門前で待ち受ける女子の大群に毎日付き合わされる羽目になった。
そして現在、その威力は健在だった。
環によれば毎日がモテ期だそうだ。

「莉多くん、ごきげんよう」
「ご、ごきげんよう?」

莉多の隣りの席に腰掛けた、自称金持ちのお嬢様の観音寺麗雅。
彼女は学校中に自分のお似合いの彼は莉多だと言いふらしているらしい。
けれど縦巻きロールの盛りすぎの髪型と濃い化粧は正直引いてしまう。

そんな個性的な人たちが通う学校に莉多が通っているのは首席で入れば3年間学校に関するお金が全て免除になるからだ。
けれど条件としては3年間、主席の成績をキープするという決まりがある。
過去にそれを達成した者はおらず、結局普通に学費を払うのがオチだ。
しかし莉多の家にそんな余裕はない。
父子家庭で幼い弟妹を持つ莉多は削れるところはとことん削り、弟妹に不自由をさせない為に日々節約をしているのだ。
なので、お昼に環とつつくお弁当は手作りだったりする。
そんなことも知らない学校の女子たちは「リタ様のお母様はなんてお料理がお上手なの!」なんて感動していた。
もちろん環は隠すことなく盛大に笑っている。

そしてもうひとり、学校中で注目されている女子がいる。
長い黒髪をおさげに結った、今時珍しい清楚なお嬢様。

「チヨ様!今日も素敵です!」
「チヨ様、可愛いッ!」
「ありがとうございます」

ふわりと笑う笑顔が見れた日には枯れた花が生き返るほどの力があると言われ、彼女の笑顔を待ち受けにした日からは幸運が続くそうだ。
もちろん、彼女、蝶々にそんな力はない。
けれど本物のお嬢様だそうだ(環情報)

「あ!リタ様とチヨ様が一緒にご帰宅よ!」

放課後、たまたま昇降口で一緒になった日にはそう叫ばれ、お互いがお互いを知らないのに、名前はよく知るなんとも気まずい状況になってしまった。
環はもちろん笑っている

「わ、私、お迎えがあるので」

ぺこりと一方的に頭を下げられ、小走りで去っていく蝶々。
背後から環に肩を抱かれ「フラれたな」と言われたのでとりあえず環を殴る。
なんて通い辛い学校なのだろう、とつくづく思わされる学校だ。


放課後に野郎2人で歩く道。
特に会話はないが、居心地が悪いわけでもない。

「莉多」
「んー」
「お前、いつまで王子キャラでいくんだ?」
「つくってねぇよ!」
「あっははははは!」

莉多をからかうのが楽しくて仕方がない環。
幼い頃からこの距離は変わらずにあった。

「あ、幼稚園見えてきたぞ」

散々笑った後、いつもと同じ口調で言う環。
俺は少し早足で幼稚園内に入っていった。

「あらっ、莉多くん。おかえりなさい」
「こんにちは」
「大羅くーん、璃己ちゃーん、お迎えが来たよー」

まだ若い幼稚園の先生が教室内に声をかける。
すると2人の子供が帰りの用意をしてこちらに駆け寄ってきた。

「莉多くん!」
「りたくん」
「おー、大羅、璃己、お待たせー」

足元に抱きついてきた弟妹をしっかりと受け止める莉多。

「大羅くん、璃己ちゃん、さようなら」
「「さよーなら」」
「ありがとうございました」

右と左に手を繋ぎ、幼稚園を出る。
入口のところで携帯をいじっていた環を呼び、再び帰路につく。



「んじゃなー」
「おう」

隣りの家に入っていく環と別れ、莉多たちも家に入る。

家に入ると、先にお風呂場へ向かう莉多。
3人で入るお風呂は日に日に狭く感じるようになった。
夕飯はそれから作りはじめる。
テレビでは子供向けの番組が放送させていて、大人しくそれをみる弟妹は真剣そのものだった。
ぐつぐつ、と煮えてきた肉じゃがの味をみる。
うん、今日もうまい。

「りたくん」
「ん?どうした?璃己」

幼い2人に言い聞かせている為、台所には入って来ないが、その入り口でこちらを見上げる璃己はどこか泣きそうだった。
まさか大羅と喧嘩?と思ったが音もなく喧嘩などありえないためその考えはすぐに抹消された。

「これ」

後ろ手にしていた手を前へ出した璃己。
その手には大事にしていた人形が握られていた。
けれど耳のところがほつれて、綿が出てきてしまっていた。

「あらら」
「なおる?」
「うん。直るよ」

璃己の頭を撫でてやれば、ふにゃりと安心したように笑う璃己。

「莉多くん、おなかすいたー」
「ご飯できたよ。テーブル拭いてくれる?」
「うん!」

3人で囲む食卓。
いつも通りの猫田家の食卓だ。

/

「莉多、今日特売日だって」

翌日、学校に広告を持ってきた環。
うちは新聞をとっていないためいつも持ってきてもらうのだ。
環様様である。

「本当だ。すきやき食べたいなー」

残念ながら安売りするのは野菜だが。

「はぁー、環、夕飯何食べたい?」
「え、俺?うーん……ジンギスカン?」
「贅沢な」
「冗談だよ」

女子の黄色い声を全てシャットアウトしながら広告を見つめる。

「莉多くん、よろしければうちにお食事を食べにいらっしゃらない?」
「いや、気持ちだけでいいよ」

右から誘われた観音寺の言葉を綺麗に断る。

「それにしても、なぜ広告など見ているのかしら?」
「買い物に行くから」
「莉多くんが?」
「そうだけど?」
「そんなことお母様に任せればいいじゃないですの」
「そーだね」

適当に受け流す莉多。
環は携帯をいじりはじめてしまい、こちらの会話は全て無視するようだ。

「莉多くん、私とあの女どちらがいいのですの!?」

なんだかもう言葉遣いがおかしい気がする。
そしていい加減、しつこい上に話が突飛している。

「あの女って誰」
「小鳥遊蝶々に決まってますわ」
「…………」

一瞬、誰の事かわからなかったが、先日の昇降口でのことを思い出し理解する。

「どちらがいいって、どちらも選ばないよ、俺は」
「なっ!?それでも紳士ですの!?」
「紳士!?」

予想外の観音寺の言葉に思わず椅子からずり落ちそうになった。
吹き出し、腹を抱えて笑う環。
観音寺をみれば、本気と書いてマジという顔をしていたため俺も体内から出てきそうになる笑いを必死に堪えた。

「いや、え、俺、紳士とかそういうのよくわからないし」
「ならこちらにいらして!」
「えっ!?」

観音寺に腕を引かれ、どこかに引きずられていく。
あああああ、俺の広告が遠ざかる。
つか、環、笑ってないで助けろよ!

ついたのは、小鳥遊蝶々のクラス。
そして目の前には困った様子の蝶々。

「どちらが莉多くんにお似合いか勝負よ」
「えっと……」

ちらりとこちらを見る蝶々。
俺は視線を外し、溜息をつく。

「あの、観音寺」
「なんですの?」
「今、俺からはっきり言わせてもらうと、俺普通だから」

観音寺の腕から自身の腕を外す。
俺の言っていることをよくわからないというように首を傾げる観音寺。

「だから、勘違いしているようだからいうけど、俺の家、金持ちでもなんでもないから」
「あら、その容姿と学力を持って言う冗談じゃないですわよ」

もう面倒くさい。
おろおろしはじめる蝶々。
一般市民から言わせてもらえば、蝶々はお嬢様という感じがするが、観音寺は普通の一般家庭の娘のような気がするのだ。

「俺は今は彼女いらないので」

じゃ、と去ろうとすれば、教室の前でうさぎの人形を持った環がいた。

「なに愛らしいもの持ってきてるの?」
「なに勝手に俺の鞄を漁ってるんだ」

環の腕の中からうさぎを取り返す。
そして、教室に戻ろうとすれば、女子の悲鳴に似た黄色い声。

「リタ様がウサギの人形を持っているわ!」
「可愛いーッ!」

うさぎ、直さなきゃ。
その後、教室では裁縫をする莉多が見られたそうだ。
女子たちは記念にと盗撮しまくっていたそうだが、莉多は微塵も興味なかった。
 
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