長編小説

□息ヲ殺す。
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第一章/U&I


はっとして、閉じていた目を開く。
ガタン、ゴトン、と定期的な音を鳴らしながら目的地まで決められたレールの上を走る電車の中。
蘇芳色のロングシートの端っこに座る俺は、無意識に周りを見渡す。
特に誰も俺を気にする人はいない。
誰しも、自分が一番可愛く、愛おしいもの。
他人のちょっとした変化など興味はない。

«まもなく、○○駅»

車内放送を聞き、俺は荷物を抱え直すと、次に扉が開く側の扉の前に立ち上がった。



「おはよう、蒼生くん」
「おはようございます、三笠さん」
「今日はよろしくね」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」

俺が訪れた場所はスタジオ。
俺は今までつけていた眼鏡とマスクを外す。
そして置かれているマイクの前に立つ。
目の前にあるホログラムスクリーンではアニメーションが流れはじめた。
俺は俺の担当するキャラクターに合わせて台本片手に喋りはじめる。

『此処は何処だ……?』
『此処はテノドア王国。彼方は誰?此処では見ない顔だけれど』
『僕はアイ。アイ・フリーザと言う。先程まで家で絵本を読んでいた。その絵本の中にもテノドア王国が登場するのだが……!もしかして、此処はその絵本の中なのだろうか』
『私には理解できません。ですが、テノドア王国の王、キザレ様なら解るかもしれません。アイ、私に着いて来なさい。案内します』
『ああ、礼を言うよ。君の名は?』
『私はテノドア王国に仕えるメイド、ナタリー』
『ナタリー。よろしく』

現在、収録中のアニメは来年の梅雨頃に放送予定のファンタジーもので、俺はその主人公【アイ・フリーザ】を演じている。
そしてそのヒロイン【ナタリー】を演じているのが、三笠ひな子さんであり、俺の数少ない友人のひとりである。
この作品の名前は<アイの絵本記>といって、若者から大人まで世代幅広く人気の週刊誌に連載されている、人気作家が手掛けているものであり、放送時間は土曜日の朝になることが決まっていた。
そして今日がその第1話の収録日だ。
正直、声も硬いし、緊張しているのが嫌でもわかった。

「蒼生くん硬いよー」
「すいません。もう一度お願いします」
「もちろんだ。納得するまでいこう。最高の作品を作ろうじゃないか」

監督の声、その脇にはアイの絵本記の作者、シノブさんも控えていた。
俺は深呼吸をして、肩の力を抜くよう試みた。


3話目まで収録を終えて、最終電車で帰宅した俺。
俺の住む家は、9階建てマンションの404号室。
家の中は当たり前だが、真っ暗。
音を立てぬよう、慎重に自室まで向かう。
そして、どっと押し寄せた疲れに意識を手放した。
 
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