長編小説

□青空と君と僕
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出会いは偶然と必然を足して2で割ったようなものだと思う。

「よし!」

六瀬秋晴、バスケ部1年。
今日も気合を入れてレギュラー入りの為に練習に精を出す。


「って〜」
「秋晴ってやる気が行動についていってないよね」
「笑うなよ」
「笑ってないよ」
「笑ってるだろ」
「はいはい。喋ってると鼻血も止まらないよ」

同じクラスで同じバスケ部の常陸桐吾は先に保健室の扉をノックした。
中から返事がある前に扉を開ける。

「せんせー……あれ、お留守?」

桐吾は入り口に掛けてあった表札が不在になっていることを入ってから確認する。
保健医は今は会議中らしい。

「どうする?休んでる?」
「そうする。桐吾は練習に戻ってくれていいよ」
「そうするよ。お大事に」
「ありがとな」

保健室に1人残り、じんじんと痛む鼻の頭をタオル越しに押さえる。
適当に椅子に腰かけ、鼻血が止まるのをじっと待つ。
なんとなく保健室内を見渡すと、ベッドが1つ使用中になっていることに気付いた。

保健室の窓は開いていて、風が吹き込んでくる。
その度にベッドを囲うカーテンがわずかに隙間をつくる。
その隙間から見たところ、ベッドを使用する人は体を起こしていた。
じっと目を凝らすと、ベッドを使用する人と目が合ってしまった。
思わず反応してしまい、そのまま椅子ごとひっくり返る。
静かな保健室内ではけたたましく聞こえる音に恥かしく思う。

「平気?」

ベッドの方から聞こえてきた声は次に俺の視界へと舞い込んだ。
それは天使でも見ているのではないかと思うほどに美しい人だった。
たらっと鼻血が頬を伝っていくが気にする余裕もなく、心臓が騒ぎ続ける。
すると俺を見下ろすその人は右手を差し出した。

「つかまって」
「はっ、はい」

汗で濡れたてのひらだったが右手を差し出すと、躊躇なく握って引っ張り上げた。
立ち上がったがぽたぽたと鼻血が重力に負けて垂れてくる。

「っわ、とと」
「これで押さえて」

椅子を起こしたその人はそこに俺を座らせ、保健室にあったタオルを拝借して差し出した。
言われるがままそれで鼻を押さえる。

「このタオルは君の?」
「は、はい」
「袋に入れておくよ」
「ありがとうございます」

床にあったタオルを拾い上げ、丁寧に畳むとまた保健室にあった袋へとしまった。
それは机の上へ置かれた。
鼻血で汚れた部分が見えないように中へ折り込まれているのだろう。
なんて気遣いのできる人なのだろうと思った。

「君はバスケ部なの?」

机を挟んで向こう側に腰掛けたその人は落ち着いた口調で言う。

「どうして、それを?」
「練習着だから」
「あ、ああ。そっか」
「ボールでも顔に当たった?」
「うまくパスが取れなくて」

なんで俺はこんな話をしているんだろう。
しかしその人は笑うことはせず「痛いよね」って細く形のいい眉根を下げて言った。
俺は頬が熱くなるのを感じていた。

「ただいま。お留守番ありがとうね」
「おかえり、先生。患者さん待ってますよ」
「ああ、なんで血塗れ?」
「い、いろいろありまして」
「そう。鼻血は止まった?」
「あ、はい」
「鼻の頭擦りむいてるね。手当てするから、先に顔洗っておいで」
「はい」

汚れたタオルは先生に渡して、保健室にある水道で顔を洗う。
先生が用意してくれた新しいタオルで顔を拭く。
鼻を手当てしてもらって、お礼を言った。

「お大事に」

ひらひらと手を振ってその人は送り出してくれた。
それに頭を下げて保健室を後にする。

少し歩いてからそういえば名前を聞き忘れたと後悔した。
 
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