長編小説

□ハイノメ
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1/萌ゆるドライフラワーとハイノメ



アルカーディアグランチェの首都アルベスク。
港が近く、汽笛の音が首都に鳴り響く鐘と心地良いハーモニーを奏でる。
上手に歌を歌うのはいつだってウミカモメの群れで、港に下り立つ客人をもてなすのは昔から彼らの仕事だった。
そんなウミカモメの群れを眩しそうに見上げた青年がいた。


「綺麗だ」


それは船に乗船した時に海を見て呟いた言葉と同じだった。
青年は充分な教養を受けておらず、難しい言葉をあまり知らなかった。
だから綺麗という言葉以外は皆目見当もつかないのである。
しかしこの場合、綺麗以外に言葉を探すのもなかなか気障りなのではないだろうか。

青年は肩から提げた鞄の口を開いて中を確認する。
確かにそこには小包がひとつあった。
それにほっと息を吐く。
これを失くしたら今まで身を粉にして働いて貯めたお金を、わざわざ汽車と船を乗り継いで遠い異国の地アルカーディアグランチェまでの運賃にしたのが水の泡になる。

青年はきちんと鞄を閉め直し、しっかりと肩紐を握る。
そしてウミカモメの声を頭上に聞きながら歩き出した。


アルベスクには多くの住宅と会社が混在している。
そのほとんどがレンガ壁で、青年にはどれも同じに見えた。
たまに店名や看板が目に入るが、もし自分の家がこの列に紛れていても通り過ぎてしまいそうになる。

緑豊かで隣家がしばらく行かないとないような、四方八方どこを見ても障害物のない田舎育ちの青年にとってその場所はとても息苦しく感じられた。
どこの通りを歩いても人、人、人。

青年が住む場所は人とすれ違うよりも、羊か山羊か牛に会う方が多かった。
この場所で人とすれ違う度にそれが羊か山羊か牛なら少しは気分が違うのにと深い溜息がもれた。


ポケットの中に入れていた黄ばんだ紙に書かれた"ワタリドリ郵便社"という社名と簡単な番地。
そして"ポストマン、ハイノメ"というおそらく職種と人物と思われる名。

青年はここに向かいたかったのだが、異国の地の地図が読めず現在途方に暮れていた。
あまり多く持ち合わせがないため、下手に宿に入れない。
しかしそろそろ日も暮れそうだ。
なにより空腹である
こんな予定ではなかったのに、今日はもう"ワタリドリ郵便社"も終わっているだろう。


「はぁ……みんなの言う通り、僕は旅人には向かないようだ」
「君、旅人さんなのかい?」
「いえ、違います」
「なのに旅人だって自分を例えるのか?変わってるねぇ」
「そんなことは……って、え!?」
「うん?」


突如として会話が成立した見ず知らずの誰かを見回す。
それはすぐに見つけられた。

白のシャツに生地の良さそうなベストを着て、すらっと長い足を綺麗に見せる形のパンツ。
その足元は傷ひとつないサイドゴアブーツでまとめられていた。

どこを切り取っても完璧なほど決められているのに、髪型は鳥の巣のようにまとまりがなかった。
しかし優男の顔はその鳥の巣頭すら魅力的に変えてしまう破壊力があった。

つい見惚れていると、その綺麗な男性が「旅人さん」と言う。


「え、あの……僕、旅人じゃないです」
「名前は?」
「トーマス・デイビスです」
「名乗るんだね」
「えっ駄目ですか?」
「いや、駄目じゃないけど……君、もしかして結構田舎から来てる?」
「なんでわかるんですか!?」


綺麗な男性はなぜか目を見開いた。

一方、青年ことトーマスはまるでトリックのわからないマジックを目の当たりにした観客のように目を輝かせて男性を見ていた。


「君、あっという間に一文無しにされてしまうよ?」
 
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