長編小説

□白いシャツと優しいウソ
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悲しきことにまた一人、命を絶とうとしている者を見つけた。
今までと違うのはその姿がはっきりと見えることだ。
わたしはそのにおいを嗅ぎとるのが得意らしい。


「死ぬのなら、わたしの嫁にならない?」


姿がはっきりと見えるというのはいいことだ。
その少女のきょとんとした顔が面白い。
死のうとしていたのが嘘のように現実に引き戻され、突然現れたわたしを気味悪がるのはとてもいい反応だ。
少女は次に冷静になったせいか、周囲の雑踏の煩さに目を細めた。
その表情の変化は愛おしいと感じる。


「変質者、ですか?」
「変質者に変質者と聞いてそうですと認めた人をあなたは見たことがある?」
「いいえ」
「うん。だからわたしも変質者だとは思っていないよ。そしてあなたを救いたかったわけでもない。でもただで捨ててしまうにはもったいないと思ったので、折角なら拾おうと考えただけさ」
「それで、どうして嫁なんですか?」
「わたしが今の生活から抜け出すのに必要だからだよ」
「ますます意味がわからないんですけど、私特別にお嬢様というわけではないですよ?むしろちょっと貧乏寄りです」
「人の世界のルールは適用されないんだ」
「じゃああなたは人じゃないんですか?」
「あなたと同じ位置に立っているとは言えないな」
「もし、私が嫌だと答えたら?」
「どうもしないよ。また別の子をさがすだけだ」
「心が揺らいでいるのは、私に覚悟ができていないからですよね?」
「あなたの感情は正しい。だから人は自力で立ち直って再び歩いていける」
「でも生きていたいとは思えない」
「でもわたしの元に来るのは怖い」


少女の表情は言葉とは裏腹に情報に溢れている。
声も震えているがそれ以上の情報はない。
しかし鼓動や呼吸数、話すテンポ、わずかな挙動。
それは意識してもすべてを隠し続けるのは難しい。


「時間をもらえませんか?」
「わたしがまたあなたの元に現れるなら、人の世界の時間で一年後ほど先になるけどいい?」
「じゃあ、今日は?今日中ならあとどれくらいここにいますか?」
「日付が変わる頃にあなたがここから飛び降りれば迎えに来るよ」
「それは約束?」
「わたしは気に入った人に嘘は吐かないよ」


彼女は迷っていた。
思案顔で歩き出す。
わたしは振り返る前にさっと姿を消す。
案の定、彼女はこちらを振り返った。
きっと幻だったのではないかと思うはずだ。
あとは彼女次第だ。
 
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