長編小説

□白いシャツと優しいウソ
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なににも邪魔されず、自分の意思で目が覚めたのは久しぶりだった。
起きた瞬間のひどい頭痛もなく、驚くほどクリアな脳に最初に届いたのは花のにおいだった。
頭を少し動かせば枕元に白い花弁があることに気付いた。
知らない花から発せられる匂いはリラックス効果があるのだろうか。


「起きた?」


改めて聞いた声。
本当に優しく話す人だ。

体を起こして姿を見れば、白いシャツに細身の同色のパンツをはいている。
まるで天使のような人だ。

「まだ混乱しているかな。お茶を飲んでからゆっくり呼吸をしてみようか」

充分落ち着いていると思ったが、ベッドサイドに置かれていた湯飲みセットを使い、お茶を淹れてくれた。
それは新緑を思わせる香りがした。
すぐに飲める程度のぬるすぎず、熱すぎないお茶は無意識に強張っていた体をほぐし、胸中のざわつきも鎮めるようだった。
お茶を飲んでいる間、彼は一度もこちらを見ていない。

ひと心地着いたところで、私から口を開くことにした。
自然に手から湯呑を取り上げ、視線を合わせる彼。
緊張はしなかった。

「あなたの名前は?」
「わたしはニビ。ニビと呼んでね」
「ニビ……私は、私の、名前……」

思い出そうとして、なにも思いつかなくて不安になる。
彼は、ニビはすぐに私の肩に手を置いた。
そっと不安を拭うような手だ。

「ゆっくり思い出してごらん。神様はもう君にここで生きていくのに必要なものは与えてくれているよ」
「私は…………イサ。私の名前はイサだ」
「イサ。君はわたしのお嫁さんになるんだ。そのためにここにいる」

それには頷いて答えた。
私もその記憶は失ってはいない。

「人の世界で君は一度死んだ。そしてすぐに君をここへ連れ帰ってきた。もう君を手放さないけど、イサは好きにここから出ていける。もし嫌になれば好きに出ていって構わないよ」
「ニビは私を嫌いになりますか」
「ならない。決してね。わたしは嘘は吐かないよ」

じっとニビの瞳を見つめる。
澄んだ空を思わせる不思議な魅力のある目を前に、誰が逃げ出すのだろうという気さえしてくる。
優しさがにじみ出る彼は、息するように優しいんだ。

「部屋を案内しようか?それとももう少し休んだ後にする?」
「もう一度寝て、起きたらここでの生活を……あなたとの生活に必要なことを教えてください」
「わかった。おやすみ、イサ」

布団にもぐると、当たり前に布団を掛け直してくれた。
優しいおやすみの挨拶もいつぶりだろう。
なにもかもが新鮮に感じて、少し寂しい。
 
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