桜舞うこの本丸で

□一話「ちはやぶる神の目覚めを」
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「やれやれ、全く鷹矢くんはせっかちだねぇ。しょうがない」


俺としてはゆっくり話したかったんだけど、と彼は肩を竦めて立ち上がった。鷹矢さんの笑顔も丁寧な語彙語調崩れない。あくまでも紳士的な振る舞いを保っているが、イラつきが伝わってきて、なんだか少し不憫になった。渚さんは鷹矢さんの何らかによる反発心を知っていて、わざと煽っているように思える。
渚さんは畳から一段上がった床を指し示すと、口の端だけを吊り上げる営業スマイルを浮かべた。

「さてと、零ちゃん。儀式をはじめよう。君の最初のパートナーとなる神をえらんでくれたまえ」


段上に横長くかけられた紫紺(しこん)の布が取り払われる。
布のしたから現れたのは、煌めく五振りの刀。所謂(いわゆる)初期刀(しょきとう)」、鍛刀(たんとう)無しで政府から無償支給される初めの刀である。用意されるのは扱いやすい打刀(うちがたな)、この中から一振りを選び、自らの霊力で眠る神を呼び起こし刀剣男士として顕現する。



審神者になるための最終テストが、この就任式になる。


刀に応えて貰えず、顕現出来なければ、神に才を認められなかったか、その能力に欠けている、ということだ。
しん、と静まり返った空間で、痛いほど二人の視線を感じながら、ゆっくりと立ち上がった。ぱっと見てすぐ目に付くのは華やかな歌仙兼定(かせんかねさだ)加州清光(かしゅうきよみつ)。上品で清廉さを感じさせる山姥切国広(やまんばぎりくにひろ)。刀派でいえば虎徹(こてつ)が誇る蜂須賀虎徹(はちすかこてつ)、扱いやすさで言えば火の中に晒されたことから真っ直ぐな刀身を得た陸奥守吉行(むつのかみよしゆき)だろう。

ぐるり、と思考を巡らせて、刀達の前に立つ。足袋に包まれた爪先で、一段上へ登った。微かな衣擦れの音。向かい合い、一振り一振りをひたりと見つめる。
と、ぴり、と微かな霊力が走った。肌で感じとる感覚は静電気に似た、しかしそれより攻撃的ではなく、もっと澄んだ「それ」。
選ぼうとした私をまるで、自分から選びとるかのように。自然と引き結んでいた口元がゆるみ、千早と羽織の袖に沈んでいた指先をのばした。





(選んで、いいんだね?)





触れた瞬間、じわっと深く滲むかのように深く霊力が浸透し合う。応えるような反応。一気に霊力を注ぎ込み、指先を滑らせる。



「我か元に顕現せよ、加州清光」



薄桃の暖かい霊力を放ち、花吹雪を散らす。宙に咲き乱れるようにして巻き起こるそれは、目覚めた。開かれたつり目気味の紅玉、艶やかな黒髪。大理石のように白い肌へ紅をはたいたような、色付く頬。
自らの手で顕現した、美しい神に、しばらく魅入られていた。かつり、とブーツの踵を鳴らして現世(うつしよ)に降り立った加州清光は、じっと私を見つめたあと、思い出したように艶やかな唇をひらいた。


「あー。川の下の子です。加州清光。扱いづらいけど、性能はいい感じってね」


よろしく、と首を傾げて、ふわりと笑った。随分と人間らしい仕草だった。



「初めまして、加州清光」

「あなたが俺の主? 女の子に仕えるのは初めてだけど、こんな可愛い子だと嬉しくなっちゃうなぁ」

「私は零という。君が私の初期刀になった。…よろしく頼むよ」


私がそう言うと、加州はすこしきょとん、と私を見つめてから、はずかしそうにまた笑った。素直に綺麗だと思った。あの校舎に囲まれた中庭の、花吹雪似た、不思議な感慨深さが湧く。
これが私と加州清光の出会いだった。
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