桜舞うこの本丸で

□第二話 「時を渡りて」
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「刀剣男士が出陣、及び任務に着く際の移動は、この装置を利用して頂くようになります。詳しい話は零さんも知っていますし、本丸に用意させている案内にも説明させますので、ご安心を」




俺は幕末の刀で、おもに新選組で活躍した。その時は京都で沖田くんと居たし、警護の任にも持って行ってくれてたから、祇園の社も鳥居も見たことある。それに、百年以上の時を経て神になった今では、この術式が如何に強力なカラクリなのかが肌で感じ取れる。
主は感慨深そうに、顎に手を当ててそれを見ていた。俺の警戒を感じ取るたびに、強く手を握り返してくれる。主は鳥居からこっちへ視線をずらすと、大丈夫だ、と頷いてくれた。主がそう言うなら、従うしかない。俺は腹を括ることにした。



「今日、ここから先へ俺たちは行けないんだ。ここでしばらくはお別れになるね」

「……分かりました。ありがとうございます」

「何かあったら連絡するんだよ。要望も出来るだけ対処するからね?」

「お気遣い、感謝致します」

「では、お気を付けて」



主が深く一礼するのを見て、俺もぺこりと頭を下げた。渚は微笑みながら、俺たちを心配そうに見ていた。
鳥居の向こう側は何も見えなくて、境界面に触れると、ひやりとした。よくわからない、あるようなないような、そんなかんじ。主に手を引かれるまま、ずぷり、と俺はその先に、踏み込んだ。








٭✿*❀٭✿*❀٭✿*❀٭✿*❀٭✿*❀٭✿*❀٭








若草のにおいと、お日様の匂い。俺はあの「薬くさい匂い」から開放されたのを感じて、深く息を吸いこんだ。玉砂利を敷き詰めた、日本庭園が広がっていた。
二、三階建ての大きな屋敷に、鍛錬場に見える離れが奥に。小さめの社と、さっきあったのとは違う、どこか、なりを潜めた鳥居が後ろに。赤い橋の下には鯉が泳ぐ川があり、その先では湧き水が出ていて、鹿威(ししおど)しが涼やかな音をたてている。
敷地は広く、外側は無論外壁が囲っていたけど、その先は森が広が出ているのがすぐにわかった。





「ほう。うちの本丸はこういう仕様になっているんだね」

「主も来るの初めてなの?」

「いや、見学程度に既存の本丸や、モデルは拝見したことがあるけど」

「もでる?」

「見本の事だよ。モデルは屋敷だけだったし、既存のほうは既に刀剣男士が生活してたからね。新規の本丸を見たのは初めてだ」




繋がれた俺の手を離すと、鳥居に背を向けて、屋敷の方へ歩き出す。離れた手が名残り惜しいかった。あったかい手だった。そこから伝うようにして、ふわふわした、柔らかい霊力が俺に注がれ続けていたんだと思う。それに俺は安心させられていた。
主のそばは、あったかい。主はあったかくて、いい匂いがする。今まで感じたことがなかった全てが面白かった。人の身は、なんだかとても不思議だ。
主のあとを付いていくと、ぽひゅん、と音を立てて式が立った。あら、と主が感嘆符をあげる。
とすり、と軽やかに降り立ったのは、能の##RUBY#隈取#くまどり#に似た、顔に墨を掃いた狐だった。



「お待ちしておりました、零様。初期刀の加州清光。案内と政府との連絡を務めます、こんのすけと申します」

(しゃべった…!?)

「待たせてすまない。今日から世話になる」




主が驚いたのは急に現れたからなだけみたいだった。違和感なく普通に会話している、俺はそれにもう一度驚かされた。
未来では狐がしゃべるのか。ついていけるようになるまでは、すこし時間がかかりそうだ。主は沢山俺の知らないことを知っている、後で色々聞いてみよう、と決めた。




「これからあなた様には、歴史を守るために戦っていただきます」

「歴史を、守る……」

「時間を遡る力を手に入れた人間が、その力を横柄に使い…化物と成り果ててしまった存在『時間遡行軍』を討伐し、正しい歴史を守る。それが審神者様と、審神者様に顕現された刀剣男士の責務となります」

「過去を変えてしまえば未来が変わってしまって、多くのものの運命を、大きく変えてしまう。それを防ぐのが、私たちの仕事なんだ」



やっぱり、主はたくさんのことを知っている。俺が見たことのない、戦うべき敵がなんなのかも、もちろん知っていた。主の顔にさっきの笑みはなく、凛とした面差しでこんのすけと話した。難しくて俺にはよく分からなかった。





「チュートリアルを開始しますが、よろしいですか?」

「ちゅーとりある?」



ここにきて初めて主の表情が動いた。眉根を寄せてこんのすけに
訊き返す。




「こんのすけ、チュートリアルは必ず行わなければならないのか? 私は教育を受けてから審神者に就任している」
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