桜舞うこの本丸で

□一話「ちはやぶる神の目覚めを」
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桜吹雪く中庭を見下ろす。ざわめきがどこか遠く感じた。ここは校舎の四階。音楽室以外は倉庫と空き教室になっている、比較的静かな空間。
教室は騒がしくて、苦手だ。同調圧力というか、集団行動を強いられるあの空間が、苦手だったんだと思う。それらのものとどこか離れた、…隔絶されている、というのがしっくりくるような…、この場所。じっくり考え事をしたり、本を読むにはうってつけで、とても落ち着く。私にとって、ここは安息地だ。

窓の(さん)に乗った花びらを払い落とす。ゆるやかに吹く風が、どうやら校門付近に立ち並ぶ桜から、それらを運んできているらしかった。
外壁よろしく立ち並ぶ学舎(まなびや)へ、降り注ぐようにして桜吹雪が落ちる。校舎に囲われるようにしてできた中庭は、桜の木がない。今日のような 陽気がよく、風が強めに吹き込む日は、渦をまくように風が通るため、上からは花びらの竜巻のような、美しい造形を描く。それを見るのが好きだ。秋には代わって紅葉が降り注ぎ、朱と茶が舞う。

姉にそれを教わった時、幼かった私は、写真を撮ってきてとせがんだ。体が弱くて病室から出ることを許されなかった私にとって、本の中や窓から眺める風景、姉の持ち寄るものが世界の全てだった。
白い部屋と点滴、白いベッド、体に繋がれた管と機械。無機質な空間に、姉だけが色を持ち込んでくれた。病室には大量の人形と3日に1度増えて入れ替わりゆく花瓶の花、姉の本、写真、姉の使い終わった教科書で満たされた。あの頃が、少し懐かしい。


「君が卒業生の黒崎 葵さん、ですか?」


感慨に耽っていると、後ろから声がした。吹き込む桜吹雪と風に、伸びた髪を押さえて振り返る。
黒スーツにかっちりと髪をセットした、黒髪の青年が立っていた。左胸のポケットに時の政府の役人が付ける認証バッジと、金色のネクタイピンが光る。私を見つめて、彼はにこりと微笑んだ。
あれから、九年。
今は、3月3日。卒業式六日前である。本来2年の自分には関係ない行事だが、それより先に、訳あって私はここを発つ。


「はい、高等部2-特進Sクラス 黒崎 葵ですが」

「やはりそうでしたか。私は時の政府人員管理部の鷹矢(たかや)と申します。大変恐縮なのですが、お時間です。…ご準備がお済みでしたら、ご移動お願いします」

「今すぐでも構いません。準備は出来ています」


正直、この場所に思い入れはなかった。特待生徒受け入れ制度を使っている生徒は全般こうだと思う。この学校は防衛省によって管理される、専門学校だ。その特待生とは国によって全般支援されたことを意味する。私に問われてるのはより良い学生生活ではなく、文武両道の成績、形に残る実力の証拠。それさえあれば飛び級が認められる。
もう1度、中庭を見下ろして、桜の渦を目に焼き付けてから、窓を閉めた。どこもかしこも開けっ放しにされてるから、花びらが廊下にばらまかれている。どうせ清掃員が入る。あとのことは興味を無くして、背を向けた。
私は今日、高校二年生クラスから専門四年までを飛び級して、学校を卒業した。

こちらです、と指し示す方へ停められた車に乗りこんだ。鷹矢さんが何やら甲斐甲斐しく話しかけてきたが、適当に流したために余り頭に入ってこなかった。今日、ここで全てが始まる。やっと、これから全てが始まるのだ。
相槌を打ちながら、桜並木を過ぎて、ふと思った。姉もあの、誰も来ない四階が、好きだったのだろうか。







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時の政府は、防衛省の一部にあたる。しかし、警察や自衛隊のように、世間一般にあまりオープンではない。秘密結社のようなイメージが定着していて、実際の活動は殆ど知られていない。

時の政府とは、その名の通り、時を守り、歴史を管理する組織である。
タイムマシンの発明により、時をも手に入れてしまった人間は、過去を変えるという許されざる禁忌へと手を染めた。過去によって形成された未来より来たる人間が過去を変更すると、未来も必然的に改正される。つまり、過去を変更しても尚存在しているということに矛盾が発生するのだ。
そうなると、脆弱な自我を持つ人間は精神が崩壊し、時間の歪みによって人間としての存在を保てなくなる。そして永遠にその時を彷徨(さまよ)い、時を改変し続ける(あやかし)と成り果ててしまう。
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