桜舞うこの本丸で

□第二話 「時を渡りて」
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やわらかくて、あたたかい。俺をつつむ小さな手と、ふわふわした霊気。誘われるようにして、その感覚を刻み込む。深くその霊気を吸った。
霊力の持ち主は気を良くしたのか、それとも俺の反応を是としたのか、強く霊力を注ぎ込んだ。
一気に目覚めた感覚が、俺に形をあたえていく。少し低めの声が、耳に届いた。


「我が元に顕現せよ、加州清光」


強いちからをもったあるじが、俺を、俺の名を呼んでいる。呼ばれている。
その呼び声と、零れだしそうな霊力の心地良さ惹かれるようにして、俺は顕現した。ぶわり、と宙を舞う桜の花びらが、幕のように周囲を巻く。うっすらと目を開くと、3人の人間が、目を見開くようにして俺を見ていたんだ。

周囲には、俺を呼び起こしたあたたかい霊力が満ちていた。あまりに多い桜の花びらに、すこし驚いている様だった、小柄な女のコが、目を開いてやがて俺を捉える。
この子が、多分、主だ。
綺麗な黒曜(こくよう)の瞳が、俺を映している。俺を起こした霊力を宿しているのは、この人だ。その強さに比べると、あまりにも華奢で小さい。

(あ…、えっとなんて言うんだっけ、)

「…………あー。川の下の子です。加州清光。扱いづらいけど、性能はいい感じってね」


よろしく、と手を差し出すと、ぎこちなく主は手を握り返してくれた。温かくて、ちいさな、確かに俺の本体を選んだ手だった。


「初めまして、加州清光」

「あなたが俺の主? 女の子に仕えるのは初めてだけど、こんな可愛い子だと嬉しくなっちゃうなぁ」

「私は零という。君が私の初期刀になった。…よろしく頼むよ」



やわらかくて、女性にしては低めの声が心地よかった。彼女が俺の名を呼ぶだけで、どこかくすぐったくて嬉しくてさ。自然と口元が(ほころ)んだ。



「やあ、無事に顕現が成功して良かったよー。優秀者だけあるね、流石だ」

「加州が私にすぐ応えてくれたから、顕現できたまでの話です」

「そんな謙遜しなくていいんだよ。……おっと、挨拶が遅れてごめんよ。俺は渚。時の政府の役人で、君の主の上司に当たる。ちょいちょい零ちゃんの刀剣である、君たちとは関わることになるから、よろしくね」



渚、と名乗った黒い洋装の男がへらりと笑った。どこか軽そうな男だけど、面倒見と付き合いは良さそう。
後ろの同じ服を来た男は堅気そうな装いで、少し機嫌悪そうに俺たちを見てた。俺と目が合うと、軽く会釈をして、目を逸らした。



「…?」

「うんうん。これから君たちには本丸へ移動してもらうよ」

「本丸?」

「そう。今は君たち二人だけど、これからふえるだろう刀剣男士が主たる零ちゃんと生活してもらう場所になる。ここではなくて、次元の狭間にあるんだ。案内を用意してるから社の外に出よう」


渚は障子を開けると、外へ促した。ここは神社のような構造をした、社らしい。なんだか、そとは無機質な霊気で満ちていて、こう、薬くさいような感じだった。人工的、っていえばいいのかな。どう説明したらいいかわかんないけど、とにかく、好ましくない。主の霊力とは違って、なんだかとても好きになれなかった。
主の後に続いて、俺は庭に降りる。しかも、さらに社を覆う壁が四方にあって、天井があった。主たちは平気そうだけど、俺にはなんだか不気味に思えた。空のない空間に、主のない儀式をするためだけにある、祀られるべき神がいなくて、召喚されてもすぐでていかれる社。
主は警戒する俺に気づいたのか、俺の手を掴んで、引き寄せる。小声で囁くように訊いた。



「…どうしたんだ?」

「なんかここへんじゃない? 気持ち悪いよ」

「ここは人間に作られてる空間だから、そういう感覚になるんだと思う。君たちのいた時代には無かったものだし、落ち着かないのかもしれないな。渚さんが言っただろう、これから本丸へ移動するからね。大丈夫だ、すぐに出られるよ」

「…本丸ってとこは、こうじゃないよね」

「ここは君たちを顕現しやすくするためにわざと既製品の霊力を流してるんだ。本丸は普通に空があって、壁のない空間にあるよ。安心していい」



それに、私もここは好きじゃない。付け足すように、主はいっとう声を潜めて言った。
役人二人に気づかれないように危惧したんだろう。男勝りな喋り方だし、無表情な主だけど、ちょっとお茶目だった。裏腹さがおかしくて、俺は声を押し殺しひそかに笑った。

そうしてる間に梵字(ぼんじ)の彫られた鳥居に着いた。赤いそれが、強く術式を定着させたものだと分かり、本能的に身構えた。
渚と共に居る男が言うには、これを通り、時空や次元を越えて移動できるらしい。その行き先がいま、これから行く本丸に設定してある、という。



(嫌な感じがする、これ)
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