CP9小話
□Charakter
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不揃いな足音がすぐ近くまで迫っていた。城内を駆け回る兵士の網をかいくぐりながらこの後、顔を見せなければいけない男のことを考えていた。あの島で訓練を重ね、いつの間にか迎えていた年齢は二桁に。はじまりをそこから数えて両手のうち半分が埋まりそうだ。だがようやく許可が下りた外出は期待に応えてくれるものではなかった。付き添うらしい人物が見知った人間だっただけまだマシかもしれない。けれども、今はそれが非常に嫌で仕方がない。
窓を蹴破って城の最上階を目指す。兵士の何人かが割れた窓から顔をのぞかせ天を仰いでいる。上だ。急げ。そんな声が聞こえてきそうだ。姿を見られた時点ですでに彼等も対象者になっている。せっかく上手くやったのに。と思わずにはいられなかった。
城壁を駆け上がり、静かに降り立つとまだ兵士の姿はない。ふぅ、と安堵したのもつかの間。ひたり、と人間のそれとは思えないほどの冷たさを持つ指が首筋に触れた。ヒュッと喉が空気を吸い込む。一瞬のうちに身体がこわばり、これまで自分の思うとおりに動いてきた四肢はまるで別のものかのように感じられる。
「標的は一人。そう伝えたな」
「言うたのう。確かに一人だけを仕留めたぞ」
「ならこの騒ぎは何だ。手間を増やすな」
「まあまて、ルッチ」
耳元に届いた声は微かな怒気を含んでいるが、背後をとった男が己の支援者だとわかるとやっと体は言うことを聞いた。それでも吹き出ている嫌な汗の不快感は消えなかった。
「わし以外にもいたんじゃよ。こっちが先に仕留めた後、襲ってきよった」
「……同業者か」
「だと思うが?」
あの顔は以前見たことがある。そう続けようとしてカクはやめた。この男が他人の顔を覚えているわけがないのだ。自身の記憶に鮮烈ななにかを残さない限り、ただの人という解釈しかしない。
「おかげでこっちは見つかって大変じゃ」
やれやれと両手をあげるカクの利き手は確かに血にぬれていた。人差し指の第一関節までを濡らす血の量と匂いから最低一人分の血液しか付着していないことを読み取る。同業者がいたというすれば、おおかたの予想はできる。
この時期、独り立ちという体のいい訓練兵の振り分けが行われる。能力が拮抗、もしくはその逆のものとを同じ任務に数名送り込む。もちろん遭遇しないままどちらかが標的を捉えれば何も問題はない。
そうやって能力の良し悪しから状況に合わせた行動と臨機応変に対応できるか、いくつかある最低基準に沿いつつも、ルッチのように何年か前に独り立ちしたものが見張る形でこの先の政府にとって有力な人材になれるかを見られる。
死体の後始末や任務外の事柄全てを担うのが彼らの仕事であるが最も重要視されるのは前者の内容のために言い方を変えれば試験官と言ってもいいかもしれない。
「こちらに情報がない以上さっさと引き上げるぞ」
「ここの兵士はどうする」
「任務を終えたお前には関係ない」
「……つまりわしは合格か?」
あっさりと終わってしまった独り立ちのための任務にいささか不満のあるようにカクはちらりと、ルッチを見やる。先ほどと変わらない無表情を肯定と読み取るとくるりと振り返った。
「なら今度はわしと任務に出てくれるな?」
「…いつかな」
「むぅ、卑怯じゃ。いつか、ではわからんじゃろう」
「お前の能力がもう少し向上すれば考えてやるといっている」
要はこの任務の後の訓練次第。そうわかると頬をふくらませていたまだ幼い有望株は、帽子の影から覗く瞳に一瞬だけ光を灯した。そんなに嬉しいか。そう言いかけて雑音にも等しい足音がいくつも聞こえてきたことに気づく。すん、と鼻腔を刺激する鎧独特の匂い、汗の匂いはいつになっても好きにはなれない。
「船に戻れ。いいな」
それだけ言うと、城の隔壁から足を下ろす。なんじゃつまらん、と愚痴を漏らすもおとなしく背を向けて、先ほど駆け上がってきた城壁の最下へとカクは飛び降りていった。遠のく影を確認して向き直るのと同じくして最上階への扉をこじ開けて、今回の殺しを知ってしまったのだろう兵士が蟻のように溢れかえった。
数人は数分前に確認した人物の姿と異なっていることに気づいていたようだが、すでにどうにもならないことだ。
今回の任務については大目に見てもらえるだろう。同業者がいるというのは事前に聞いていなかった。だとすれば政府関係者のほかに、今回の任務について情報を得ていたものがいる。任務を利用したにしてはどうも頭の使い方がなっていない。
出し抜きたいなら、数で勝ればと思うなら、己への誹りのつもりなら、これではまるで足りない。安く見られたものだと笑みがこぼれた。だがそれもいいだろう。任務すらまともにこなせないものの尻拭いをする気など毛頭ないが、ほんの僅かなの褒美に頭を垂れる獣だと思わせた方が得策かもしれない。
「一つ問う。兵士はこれで全員か」
獣を飼いならしたと、悠々と手綱を握る姿にいつの日か牙を立てればいい。
それまでは、幾何かの悦に準じ、牙を隠し、爪を研ぐと決めた。