CP9小話


□Ludens
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時に動物系は良い恩恵を得られる。鼻が利き、音に敏感になる。まあその逆は仕方ない。おかげで実際に見えている視界のほかに情報を得やすい。例えば背後。そう、ちょうどいまみたいな剣が鞘から抜かれて擦れる音、人間の息づかい、駆ける足音の数など。そして、息づかいにまぎれる僅かな瞬間。脳が身体の神経を通し命令を下すコンマ数秒とない時間の中にも音はある。振り上げ、振り下ろす。要は剣が空を切る音だ。普通の人間には聞こえない音も聞こえてしまう。その音が自身の身体に近づくのに合わせて、無防備に見せていた背中を消してみせた。

「───消え、」

一度に振り下ろされ数本に重なっている剣は、むなしく甲板の板底に突き刺さった。いない、男たちがそう認識した時、すでに視界はどこまでも広がる空を見ていた。そして次には冷たさと徐々に遠のく光の美しさを贈った。

「おー、飛びやがったな」

呑気にジャブラが言う。無数にできた飛沫を数えて、にやりと笑った。

「おら、これで並んだろ」

自信ありげに見る方角には同じく海賊の船、甲板上。蜂のように群がる海賊をめんどくさそうにいなしながら最小限の威力でカクは海賊たちを海へと落としていく。

「これでわしが十人プラスじゃ。悪いのうジャブラ」
「ああ? 距離が全然ちげーだろ。俺のほうが飛んでる」
「阿保め。誰が飛距離を競うと言うたんじゃ」
「なにィ!?」

そこに驚くのかと呆れてしまう。いったいどう理解したら勝負の内容が人数でなく飛距離になるのか。
骨のある任務なんて滅多にはない。特に戦闘に関しては一年に一回あればいい方だ。ほとんどが諜報機関らしく、暗殺や根回しと公にはできない事柄が絡む任務だ。そうなれば体技を高め合うという意味でも、同僚を相手にした手合わせが増える。だから少し期待したのだ。だというのに、ふたを開けてみれば、期待外れの雑魚ばかりで。六式の出番すらないのでは、そう思えた。こと闘争に関しては根深いほど執着のあるジャブラが勝負を持ちかけてきたことも別に悪い気はしなかった。が、そんなありえない勘違いするもんだから、そろそろボケが始まったのかもしれないと考えてしまったのは不可抗力といっておこう。

「おめぇいま失礼なこと考えたろ」
「ジャブラが爺さんになった」
「んな歳じゃねーよッ」

戦闘となると楽しくて仕方ないのはどこにいても同じようだ。それはお前だと、ほんの少し威力を増した飛び蹴りを見舞われた海賊の一人が気の毒だった。のびている姿はなんとも言えない。まあ、そのタイミングで飢えた狼の前に出てしまった不運を呪うしかない。

「で、あいつどこいった」
「知らん」
「さっきまで一緒だったろうが」

トン、と互いの腕が触れる。嫌みのつもりか。そういわれても、言い渡された任務内容に何一つミスはない。あるとすれば、彼にだけ別枠で任務が割り振られていた可能性だろう。
どんな体技や能力を得たとしても、所詮は一人の人間。こなせる数と時間には限りがある。だからこうやって複雑に絡んだ任務をばらさず一本の糸にして、纏めてしまうのが手っ取り早いのだ。おかげで任務をこなす数には同僚たちにも開きがある。あくまで在籍日数を除いた、という意味であるが。
目の前に数があやふやなほど押し寄せる海賊の群れがある。単調な攻撃ほどわかりやすいものはなくて、それが余計に任務の面白さを半減させていた。
一番槍は自分だと言うように身を乗り出している上半身は申し分ない。でも代わりに足元がお留守だ。剃を使うよりもはるかに遅く、しかし見えない足取りで、海賊一人の足元に己の足を引っかけてやる。すれば、その後ろを追走していた者たちはドミノのように倒れて山のように積みあがっていく。おお、これは面白いかもしれない。

「探し物、とは聞いたのう」
「なんだそりゃ」

任務の数分前に雑魚は任せると告げられたことを思い出す。珍しいこともあるなと好奇心に負けて聞き返せば、そんな返答があった。懸賞金はさほど高くない。何かの偶然で手に入れたソレがこちらの入り組んだ事情に合致してしまったのかもしれない。
それはそれで気の毒だと、視線は次々と積み上がっていく海賊の山を見る。耐えきれそうにないのか、板底からわずかに軋んだ音を響かせる。この船も、そこまで良い船というわけではないようだ。

「さて、これで残りは船長だけ。わしの勝ちじゃ」
「ぬかせ、船長を殺れりゃあ倍の数だ」
「ならば早い者勝ちじゃな」

また一から勝負なんてまっぴらだ。ただでさえこんな任務はめったにない。ほとんどが諜報活動ばかり、人に見られてはいけない仕事ばかり舞い込んでくる。だから表向きに理由のある任務に駆り出されることすらない。勝負となると熱くなるのはお互いさま。それでも負けたという事実は嫌いだ。
足先に重心を移動させ、傾く上半身とともに加速するとカクが先手を取った。たとえ道力の差はあれど根底が同じ技なら先手を取れば早い話だ。危険度の低さを見ればこの海賊が脅威かどうかには首をかしげるだろう。部下の多さが力の象徴ではない。どんな数もゼロにかけては意味がないのと同じだ。それを力だというなら、これまでの航海の幸運さを賞賛すべきだろう。だがその幸運も今日で最後ということになる。

「───?」

ひゅん、と海風とは別の風が吹いた。瞬間、己からではない血の匂いを嗅ぎ取る。返り血などはない。体技も使っていない。気配はいつしか舶刀を構えたままに、体の異常を感じ取っている海賊の背後からだった。

「何をやっている」

海賊の首、後頚部にはビー玉ほどの穴がある。受け身もせずに倒れこんだ海賊の肌をどろりと溢れる朱が濡らす。腕を振り、わずかに付着したものを掃うともう一度視線が二人に問うてくる。

「てめぇはいつもタイミングわりぃな」
「ルッチ……今のはわしが先じゃぞ」
「遊んでたやつらに言われる筋合いはない。早くしろ」
「いやいやいや、ちょっとまて。なに勝手に人のこと足場にしてんだよ」
「何のことだ」
「いま使ったろうが! しかも足か!?」
「踏み心地の悪い鉄切れだったな」
「やっぱそうじゃねぇか!!」

殺してもいいならば体技を使っても良かったのに。そうすれば勝負も任務ももっと早く片付いたろう。声を荒げる同僚の背中を見ながらも、先ほどの一分とみたない時間に起きた事柄を整理する。そばを過ぎていったのは彼の剃だ。誰よりも早く飛んだのに、それを簡単に追い越して、背後を取り致命傷を与えていたことに、海賊の姿が崩れ落ちるまで気づけなかった。これが今の自分と彼との差なのだと実感する。人を勝手に足場にしたと言うジャブラもルッチの動きが見えていた。自分にはまだ見ることもできていない。ああなるまで、あといくつの年を重ねればいいのか。気が遠い、そんな気がしながらも、早くしないと後始末も兼ねた政府の船が来ることを思い出す。死屍累々のなか木霊する怒号は空へと吸い込まれていた。


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