CP9小話


□今世を呪え
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冷静になればひどい話でも何でもない。表向きには公表されない機関に所属する。その意味を理解できていれば、なんてことない、当たり前の話だと腑に落ちることができる。
世の明るみに出られない。任務上の戸籍が存在していたとしても、本当の自分が偽りなく曝け出せるわけじゃない。結局は、人を殺すことを本職としている以上、ここでもそれは同じなんだ。
諜報機関に所属するには単純な話で言えば、六式を体得すればいい。同時に洗脳のような知識と政府へ奉仕する役目を与えられる。その二つと、道力という目に見える進化を見せてやれば、晴れて諜報機関への配属が決まる。
そこまでは誰しもが通る道だ。配属され、さらに腕を磨く。任務をこなし、道力があがる。その繰り返し。
ある一定の道力まで上がること、在籍者の中で任務などを指揮するものの実力に陰りが見えた時、この二つの条件がそろった時、初めて許可が下りる秘密裏の非戦闘がある。

要は、後継者が先駆者を超えられるか。その見極めを体技を用いて行うのだ。

場所は本島内であれば問わない。体技を用いて、どちらかが死ぬか、互いが死ぬか、それだけを競い合う。この戦闘に年齢も実力も、ましてや人望など関係ない。純粋な力だけをすべて引き出していい。言ってしまえば、全力で相手を殺しても良い。そういう意味でもある。

ただ一つ、例外としてあげるなら成人する前にこの条件に達した人物は、後にも先にも一人だけだということだろう。

先駆者である男にとって、これほどの屈辱はないだろう。まだ三十路にも行かない。まだ若さのある身体。だというのに、目の前で姿消す青年は自分と一回りも年が離れている。そんな、まだ大人にも慣れ来ていない餓鬼が、自分の実力より上などと、内心はたまらないだろう。

「しっかりみとけよ。そのために今回は許可が下りたんだからな」

囁くジャブラに返答はしない。そんな暇などないくらいに、彼の動きを追うことに神経を研ぎ澄ませていたからだ。本来、訓練兵で上位の成績である自分でも滅多にみられない。もうじき配属が決まるだろうと噂されていても、それはあくまで噂に過ぎず彼とは幾年の差が生まれている。年下に追い抜かれたという点では、その形容はジャブラにあてはまるだろう。けれど、こうしてロブ・ルッチという男の本気を見るということ自体が稀だ。そこまで歳が離れているわけでもないのに、道力がすでに先駆者の倍はあると言われる。そんな男の本気が見れるなら、どうしても見てみたいと、思っていた。

六式の使用に制限がない以上、道力を考えれば後継者とされるルッチに軍配が上がる。現時点でもそれは浮き彫りになっていた。それが気に食わないのか、男は徐々に焦りをみせる。
男が体技の構えを取れば同じくルッチも構えてみせる。まるで鏡のように、そっくりそのまま体技をつかう。威力、速度、ましてや癖まで忠実に真似て見せていれば当然といえる。けれど、前者の内容がカクにすべて見えたわけじゃない。霞む視界の中で蠢く残像を追い続けて、ようやく同じ体技が混じり合うのを見ただけだった。それだけでもはっきりとわかる。

まだ本気ではない。

実力の底を見せようとしないことに焦燥はさらに加速した。だが男も何年とCP9に所属していたわけではない。故郷の島だけで受けた知識とは別のものを知っている。その一点のみが二人の実力に水を差していた。

「驚きだ。お前みたいなやつがいるなんて。俺がいたころはいなかった」

男が口を開く。カクは目を細めた。

「いつから訓練を受けてる? 十三歳でここに来たとなれば、赤ん坊の頃からか?」

男が侮蔑を含んだ台詞を吐く。己の出生に対する言葉を彼がどう思うかなんて決まっているのに。戦闘中にそんな軽口をたたいた瞬間、勝敗は決まっていた。

「───」

少し延びた黒髪が影を生む。その間から見える唇がなにかを紡いだ。だが男には聞こえない。いや、聞こえたところで、もう意味なんてない。

「”剃”」

ここで初めて青年は体技の名を予告する。すかさず男は青年からの距離をとった。二、三度飛びのき、姿をくらます青年の影を追う。たったそれだけの動作に必要な時間は一秒とない。けれど、男にとっての一秒は、青年にとっての一秒ではなかった。
飛びのいた最後。靴底が地上に触れると同時に、男の肩に妙な重さが残る。ちょうど人の、一人分の重さ。そして、熱さ。

「残念だ」

鈍い音が遅れてやってくる。あらぬ方に折れ曲がった右腕が悲鳴を上げていた。おかしい。十分な距離を取ったはずだ。取っていたはずだ。今の剃はこれまでの自分の力量上、最大の跳躍だったはずだ。それを、この青年は涼しい顔をしたまま、表情を崩すことなくやって見せた。痛みにうめき、声をあげる。聞くに堪えない悲鳴がなかったのはプライドがそれを許さなかったのか。母音ばかり漏らす男の口からその回答は得られそうにない。
這いつくばった姿を見降ろす青年は、まるで汚れたものを見るように一瞥する。瞳に、男の姿が映りこんだ。映りこんだ己の姿があまりにも醜くて余計に汗が止まらなかった。

ちがう。こんなのは俺じゃない。数年間の記憶が己を肯定しようと必死になっている。俺は、俺は、と声にはならない言葉は母音として吐き出されていた。

「お似合いだよ。どこかの諜報員さん」

青年は嗤う。冷徹に押し込めたものを曝け出し腕を掲げる。その瞳は確かに血に飢えていた。


***



降伏も自害もない心境の男の首を刈り取った瞬間、生きていたものを掴む腕と正面に立っていた身体は血にぬれていた。鉄臭さと死臭とは別物の匂いが広がって、鼻が曲がりそうだ。溢れた紅は止めどなく広がり、小さな池を生んだ。頬に付着する血飛沫の一つが青年の瞳に飛んだ。一つの瞬きをしたあとで重力に沿って落ちていくのはたしかに他者の血液だ。決してこの青年が悲しさから流したものではない。それは充分分かっていたはずだ。死を得た身体から生気は失せているのに勝ちを掴んだ青年は一層冷たい瞳をしていた。死んだのは彼ではないのに、紅くなぞられた曲線が生気を見せない肌を際立たせる。

伝う赤い滴が広がるさまは、例えるなら花びらのようだった。

「綺麗だったのう」
「ああ?」

海列車の出航をまつ間も、血の匂いと後味の悪さを隠そうとしないジャブラが小さなつぶやきに首をかしげる。

「血とはあんなにも綺麗に見えるのか」
「ありゃ綺麗とは言わねぇ。餓鬼が虫の羽毟ってんのと同じだ」

俺ならもっと上手くやれる。そうのたまうジャブラは帰路につく間、カクの顔を再び見ようとはしなかった。


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