CP9小話


□Die Jagater
1ページ/1ページ

任務を通じて、これまで多くの島や土地を訪れた。人の波が途切れない、毎日が祭か何かのように煩わしい町。昼夜を問わず怒号の鳴りやまず、心がすれ切れている町。どこをみても気取った貴族風情の連中が我が物顔で闊歩する姿と奴隷を連れたもの。ありふれる日常をこの目で見てきた。どれもが自分にとって、日常と言わしめるには程遠かった。
己自身の日常はいつだって、赤黒い液体に期待と薄汚れた欲にまみれていて、他人の力など初めから信用していなかった。

懐郷にひたる暇などない。いや、最初はそうだったか。行くあてのない航海で唯一の記憶している場所などここ以外あろうはずがない。すでに月日として十年以上流れている。だというのに、身体は覚えていた。囲まれた森の中、土に染みついた血の匂いと風の匂い、罠まがいにある穴や隠れやすい人工的に存在する樹木、己が傷をつけた獣の数多、その住処。
残念ながら今回の標的は彼らではない。なぜなら、

追うもの、ではなく、追われるもの、だからである。

これまでこの島の存在すら周知していたかも怪しい海兵共に島と森の地形を熟知しているとは到底思えなかった。能力の大半が動物系のためそのメリットを潰しにかかったのは良策ではあるが、おそらく元上司の策だろう。だからといって、散開させた各々の力に対抗できる策があるのかは考えなくても理解できた。
ほんの数週間前にあっただろう、本島の襲撃で多くの人材を派遣している。そのうちの一部を島に向かわせたのだとすれば、人手不足は火を見るよりも明らかであった。
一人を除けば全員が完治済であるにもかかわらず、元暗躍機関の連中相手に能力者一人というのも前者と同義である。

一時的に嗅覚を封じたとしても、この島に相手の土俵はない。島にいるという時点で海軍の連中は遅れを取っていた。一度森に入れば、その瞬間から立場も逆転する。それを知っていて足を踏み入れてきた海兵をじわじわと狩っていった。
姿なき鳥獣が兵士の腕を掴み、森の奥へと消え、獅子が唸りを上げると同時に蛇のようなしなやかさをもつ命なき生物が兵の足を絡めとり、川辺を散策する兵は知らぬうち開いた穴へと嵌り、泡立つ水滴を浴びて、しなる樹幹がそれを吹き飛ばし、いつしか水滴には赤が混じり合う。
その驚きとを湛えた叫びが恐怖心の増した声へと変わるのは時間の問題であった。

「ここにいやがったな、化け猫」

そこら中から響く敵兵の声の中で聞きなれる声を拾う。威嚇とを兼ね備えて能力を行使していたはずのジャブラが平常時の姿のまま正体を現す。

「存分にやっていいそうだぜ」

唐突にジャブラは告げた。その言葉が彼自身の言葉ではないことは明白だったし、その発言者が誰かということも分かりきっている。
故郷の島にたどり着き、海軍の介入に対して、こちらに情報を流すものはほかでもない。かつての六式指導者だ。十数年にわたり次世代へと六式を指導するかの男が歴代最強の暗殺者集団を生み出した人物でもある。

「こっちは関知しねぇとよ」
「相変わらず狸だな。やつは」
「面倒ごとが嫌いなんだよ。あのじじいはな」

最年長のせいで付き合いが長いのか、もっともな返答をしているが、それだけではないだろう。先ほどから頭上の、建物のバルコニーからいくつかの視線を感じていた。殺気ではない。完全には隠しきれていない気配の正体、現在この島で訓練を受けている次世代の、いわば後輩たちだ。素質のあるものはすでに、普段とは違い森が異変をきたしていることに気づいている。つまりこの戦闘には観戦者がいるのだ。

「最強の名がこのまま名折れってのも、なぁ」
「ほう、貴様がそれを言うのか」

誰が手負いの獣を容易いと思うのだろう。その周囲には手負いどころか手癖の悪い獣ばかりがいるというのに。
一瞥するジャブラが歯を見せる。ざわざわと動く体毛に灰黒とした色が乗るとその口元がさらに強調されていく。呼応して、同様に長さの違う二本の尾がゆらりと揺れて、わずかな土煙を上げた。

「てめぇが負けるとこなんざ金輪際みたかねぇよ」
「ぬかせ野良犬」

さあ、狩りの始まりだ。


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ