CP9小話


□Translucent Amber
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普段と変わらずに見える足取りの異常さにいったい何人が気づけただろう。わずかに高い音が靴底から響いてくる。それだけでも長い付き合いのもの達になら、たったの一音だけでもわかるだろう。そのくらいは把握できた。

だからこうして、手土産を携えて、ノックをした。機嫌は、まあ悪い方の少し下位だ。任務の引継ぎという理由で部屋を訪れるのはよくあることだし、実際に彼がそれを拒否することもない。任務とはいえ、ようは仕事なのだから。

部屋に入ってすぐ、無造作に上着をソファに投げる姿を見て、相当だなと改めて思った。
グラスを二つ。そして氷を少し。傾けるボトルの酒が徐々に減っていく。時折グラスの中で氷が音を立てて踊っている。呼吸音とグラスの擦れる音。それ以外にある音なんて、言ってしまえば皆無に等しい。

好みだろうと踏んでいた酒は予想通りに減っていく。半分ほど、開けたころだった。

「で、そっちはどうじゃった」

それとなく尋ねた言葉の意味を彼はすぐに理解してくれる。けれど酒に浸る瞳がこの一瞬のうちに闇夜を見る殺しの目へと変わる。

「誰から聞いた」
「フクロウ。わかるじゃろう」

任務の内容に不満があろうがなかろうが、拒否権は最初からないのが当たり前。だからそんな任務に当たってしまった日には一層機嫌の悪さが増すことを知ったのはようやく道力が彼の半分ほどの数値に到達してからである。

いくらか歳は彼のほうが上なのに、たまにこうして無言のまま駄々をこねる子供になる。同僚たちは放っておけと言うが、それでこちらが被害を被ることになる、ということを知ってほしい。

発散しきれずにいる感情をどう処理するかを知っていて、あえて手を出さないのは気遣いとでも言えばいいのか。疑問でもあった。
残った酒を煽り、テーブルに空のグラスを置いた。グラスを揺らす彼はのんびりと立ち上がるカクに一度だけ視線を向けた。

外気に触れる氷がいつしか解け始めていた。底に残ったグラスを彩る琥珀色は薄れて、大理石の表面に似た模様を浮かべていた。

「退け、とは言わんのか」

見下ろす影がいう。まるでそうでなくては面白くないと言うように。

「言えば退くのか」

まあ、確かに。

「退く気はないな」
「なら無駄だ」

たったの二文字。それを口にすることは余計だと言うのに、ソファの背もたれに両手をつくことは構わないと言う。背もたれに深く腰掛ける。両腕からなる自重と彼の自重で一人用のソファは僅かながらに悲鳴を上げた。彼のグラスにはまだ酒が残っていた。

「それで? お次は?」

男は微笑する。彼の持つグラスの中で氷が崩れると同時に、右手からそれは滑り落ちていった。


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