CP9小話


□Marquage
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 普段なら罪人が暴れたことで飛び散るのが赤い色だ。だがいまは白を、もしくは黒を貴重とした者たちの衣服をその色で汚していた。
 この先もう二度とないだろうと踏んでいたはずの場で、今一度裁きの島は戦場の島へと変わり果てている。
 赤い飛沫と荒い息遣いの中でぼんやりと見える空には、似つかわしくない鳥が一羽、空を旋回している。雲一つとない青空の海を白の飛禽が、何度かその場をくるくると周ったあとで、進路を変え司法の島、本島へと引き返す。
 はためく正義の旗の直下。屋上からなる強風によろけることなく立つ人物がいた。纏め上げた黒髪が風に揺れている。そのうち、風にのって助勢を携えた愛鳥が見えると、男が下ろしていた右腕を胸より少し上の高さまであげる。
 主が見せた印にハットリが迷うことなく肢をかける。

 二、三度広げたあと、主の指先に降りたった態勢のまま羽をしまい込んだ。掲げた腕を下ろし顔を近づけると、いつもとは異なる音を奏でて愛鳥が鳴いた。
 自分と同じく頭の良い愛鳥の言葉を理解できるようになってすでに十年の月日となる。人間の言葉では連ねるばかりで聞くことも面倒にな報告すらも彼らの世界ではひと鳴きで良いらしい。
 けれどその内容が決してこちらにとって良いものとは限らない。ひと鳴きの一音一音を逃すことなく耳に入れ、現状の被害総数と敵の被害総数の概算を見出す。やはり、いや最初から一かけらも好転するなどとは考えていない。それでいて、襲撃と同時に自らを司令長官だと叫んでいた名ばかりの上司はすでに本島にはおらず。最優の部下と一人を連れてすでに正義の門付近を歩いていることは明白だ。
 だが今回は、前回の襲撃とは異なり、自身を護衛にとは指名しなかった。五年ほど、それ以上に面倒を見たといってもいい部下を連れて以前にも聞いた台詞を吐いていったことは礼を言おう。あの戦い以上のものなどこうでもない限りは得られはしないだろうから。
 本島のこの場においてもすでに風に流れて硝煙と血と潮風と、様々な匂いが混じり合っている。だがそれがひと際強まって一か所にあらわれる。潜むことも隠すこともせず、ただ堂々と血の匂いを辺りに構わず撒き散らすやつなど今の場には一人しかいない。
 死んだ直後、すでに滲み出していた血の匂いが直ぐそばにまで強くなると、指先で羽を休めていたハットリが再び空へと飛び立っていく。それと同時にもはや人間とは言えないものが背後から影をつくった。もう動くことのない人間の姿を捕らえる前に蹴りつけてみせると、衝撃に折れ曲がった身体が衝撃に圧されて、そのまま底の見えない滝の海へと落ちていった。

「あ〜あ、死んだぜあいつ」

 さも他人事のようにのたまうジャブラが落ちていく死体を見てつぶやいた。元をたどれば死体をボールと同じようにルッチへ投げたのは彼である。最初からすべて知っていて行っている行動だと知るルッチは彼を見ることもない。

「いつぶりだっけなぁ。てめぇのんな面を見んのは」
「さあ、忘れたな」

 血の匂い漂わせるジャブラが言える台詞はない。だが答えとしては二年ぶりというのが正解である。二年前の麦藁一味の件をジャブラは言っている。だがルッチにとっては、その二年という年月すら遠く昔の出来事のようで覚えていることは少ない。
 覚えているのは仲間だなんだといった者たちの首から下がない姿を見、この世の終わりを見たような表情のまま己に首を刈り取られた姿である。

「要件を言え」

 間延びした返答をする。まだ暴れたりないらしく、軽く首を鳴らしている。首に触れる右手はすでに赤く染まっていて、貫き付着して、乾いては濡れるを繰り返した血痕が斑に広がっていた。

「カクじゃ抑えが効かねぇだとよ」

 予備の子電伝虫にそう告げられたのか。どんなに道力を上げようとあの男はどうにも頂点しか見ていない。ここにきて今更指名をよこしても無理な話だと理解してくれれば苦労はない。音の鳴りやまない一点を見るルッチの隣でジャブラが口角をあげて笑う。
 本島への橋はまだ降りてはいないが手前の門にまで敵は迫りつつある。本島に戦闘員がいないのでは任された意味がない。つまり最初から、この男は高みの見物をする気でいるのだ。

「……老獪が」
「褒め言葉だな」

 再び空へと飛びあがっていたハットリが戻ってくる。しかし今度は主の肩にではなく、彼の足元へと降り立った。

「一時間後に連絡すると伝えろ、」

 それまでは、命があればいいのだ。気絶でもなんでも息がある状態にしておけば良いと、おそらくカクなら実行しているだろうと予想を付けたうえでそう唇を動かす。
 その最中、重力とは別の力で身体が傾いた。倒れるということなど加減をみればないことだ。端から攻撃の意思があればそれを見逃すほどやわでもない。傾く要因となる己のものではない腕がシャツとネクタイを無造作に掴む。自身にとってはそうでもなくとも、衣服の型が崩れたのは分かった。
 露わになった首根付近、覗く皮膚に迷いなく歯を立てられる。出血があるわけではない。だが体技を使用しているわけでもないため、痛みはある。身じろいて退くこともないまま痛みが浸み込んで消えるまでなにもしようとはしなかった。
 食い込むぬるい感触が離れたことを見計らうと、指先に殺気を注ぎ込む。すれば痕をつけた男は握っていた衣服から手を放した。
 風の吹く中、ジャブラが先ほどのルッチと同じく唇を動かす。短い言葉を並べた後、距離をとる。同時に翻してひらひらと手を振り、そのまま本島の内部へと戻っていった。
 屋上から一人が消えるとハットリがようやくルッチの肩へと降り立つ。崩れたシャツとネクタイを整えつつ衣服の上からでは見えない痕が僅かに違和感を残す。

「なにが餞別だ。バカ野郎」

その言葉は、おそらく誰にも聞こえてはいなかった。






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