CP9小話


□Bites
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 島には知らないうちに知らない顔が増える。よくあることだった。親のいないものやその親の繋がりで島へ行くことを志願したものもいれば、なんでいるのかもわからないやつ。そういうやつに限って数日のうちにいなくなる。なぜいなくなるのかは子供ながらに察していて、でも聞こうと言う気にはなれなかった。

 ある程度の歳を経てきたころに、普段であれば珍しい時期だ。政府の役人と一緒に一人だけで島にやってきたやつがいた。何やら表現豊かな鳥を飼い訓練に励む少年を、思えばこうも気に食わない理由をまだ知らなかった。
 目つきが悪いのはお互いにあてはまったし、道力に関してはまだ開きがあった。それが逆転したのは能力を得る随分と前。訓練兵の中で将来的に有望株と選出されていたせいか、この世の中で一番不味いといえるものを口にする機会があった。

 年齢と成長を見越しての措置。使いこなせば相応に役に立つ。そんな矢先である。
 互いの能力が、世間一般では対極に位置しているものだと知ったのは。

「貴様の部屋にはシャツの一枚もねぇのか」

 起き抜けに聞いた声はどこか不機嫌だったが、八つ当たりに等しい息苦しさはまだ穏やかで本気ではないということが窺えた。伸びを一つした後で、肩の部分が少し濡れた自身の服を押し付けていった本人に目をやれば、一時間後に迫る会衆のために身形を整え始めていた。

 湿り気のある黒髪から跳ねた水滴がスラックスに落ちる。まだシャツを纏わない肌には水滴とともに黒髪が張り付いていて、それを払うようにして髪を束ね始めた。固く結んでいるだろう髪留め数個を器用に纏めると、常に見、常に知る背中があらわになる。

「やってやろうか」
「間に合ってる」

 自分と彼とでは身に着けるものが異なる。その差もあって自室には彼が好むようなシャツやジャケットの類はほとんどない。前日まで着ていた正装一式を除いて、ではあるが。
 纏め終えた後で声をかければ予想通りの返事がして、だろうなと思いつつ言葉をつづけた。

「痕、気ぃ付けろよ」

 確かな言葉に反応をしたのか。背を向けていたルッチがこちらに振り返る。

「気にしたことねぇか。見えねぇもんな」

 自分と違って露出の少ない分、隠しやすいこともなくないがあくまでそれは配慮しているからということも忘れてはいけない。

「任務に影響はないだろう」
「うわ、可愛げのねー」
「…その可愛げのない男を抱いてるのは誰だ?」

 無造作に落ちているシャツを拾う。着替えるにはまだ時間はあるが、替えのものはここにではなく自室にしかない。ほんのり残る赤い痕と五つの傷が白い布地よって隠される。シャツやネクタイを変えるだけならそれほど時間はかからない。
 ベッドを降りて彼が先に使っていた浴室へと向かう。ルッチと同じくジャブラも一時間後、長官に呼ばれている。朝からあの男の自慢話を聞くのはいやだが仕事がある以上仕方のないこととあきらめるしかない。

「昨晩はあったろ。可愛げが」
「言ってろ」

 こんな朝はいつものこと、事実この後には任務が控えているのであまり逆なですると先ほどのような八つ当たりではないことが長官に向かうのでやめておく。そのあとで不機嫌だから何とかしておいてなんて、同僚たちに言われるのも癪だ。

「ジャブラ」
「あぁ?」

 日常となる会話を終えて、彼は部屋を隔てる扉へ、自分は浴室へと向かう短い道すがらに名を呼ばれた。声調からして機嫌を損ねたのではないことは分かっていたので、間延びした返事をしても問題はないと判断した。

「貴様だけだと思うな」

 そう言い残して、尋ねようと足を止めたジャブラに見向きもせずに扉が閉まるだけが響く。何の意図があっての発言だったのかが図りかねて無意識のうちに首筋に触れた。指先が何度か皮膚を掻いたあとわずかにある引っかかりに気づく。

「見物だな」

 あと数十分後に迫った会衆までに、はたしてあの男はどう隠しきるのか。考えるだけで少し口角が上がっていた。





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