CP9小話


□紙一重の偽称者
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 人の往来が一層増える日がやってくる。誰もが日常の姿を消してなり替わる。伝統的な仮装と世界的な仮装を重ねては大人は菓子を携えて、子はその菓子目当てで人から人へと渡り歩く。
 とはいっても、世間一般に開催されるだろう催しものがあったとしても、大人の世界は幾何か複雑で、そうもいかないのが難儀なところである。

「ずるい」

 また一つ携えた菓子を分けて、笑顔のまま立ち去る少年少女たちの背中を見送りながら思う。というか、この日に限ってほかの現場の納期が近いのがいけない。

「いいだろ。お前は納期前に仕上げてんだから」
「論点が違うわ。わしだけ仮装しとったら阿呆と見られかねん」
「あ、一個くれ」
「話を聞け」

抱える籠の中にある菓子を摘まもうとしている、葉巻をふかす同僚の手から菓子を守ると、その籠の手提げ部に少しだけ重さが加算される。

「あいつだってしてるだろ。仮装」
「…あれのどこが仮装じゃ」

 こっちは衣装まで準備してピエロの姿に扮しているのにと不服そうなカクを見て、パウリーがドックの入り口を指す。
 今日という日に事情を知っている、かの女性が諸事情でおらず、その代わりをすべて請け負うために普段の姿とは正反対の姿で、五年どころか、十年以上は知る同僚がようやく戻ってくる。
 秘書の代役と言うのも楽ではなさそうだが、こればかりは生まれ持った顔立ちと能力だ。専門外と言うわけでもないが適任者がほかにいるのだからいいだろう。
 黒のジャケットを小脇に抱えて、白のワイシャツの袖をまくった姿がどことなく、別の彼に被る。唯一違うのはこれが真実でなく嘘の中ということだがそんなことは口が裂けても言えるわけはない。
 お疲れ、と声をかけると一瞥だけで返事はない。

「サボってねぇで仕事しろ」
「だとよ。菓子くれ、カク」
「やらんというとる」

 止まり木代わりに止まり続けているルッチの愛鳥が呼応するように鳴いた。どちらの意見に賛成したのかは飼い主を考えればわかるものである。
 それでもなお菓子を狙うからと社長がお呼びと告げれば、足早に戻っていったものの子供たちのために持つ菓子だと知っていて「残しとけよ」というどこかの悪者の常套句に似た台詞を吐いていった。

「この時間にみるのは久しいのう」

 隣に立つルッチは答えず、小休止のために目を伏せている。主が落ち着いたことでようやくハットリが彼の肩で羽を休め始める。

「ずるいのう、顔が良いというのは」
「じゃあお前がやるか」
「仮装変わってくれるならやるぞ」
「ほう、仮装じゃねぇのにか」

 あ、聞いてたな。と一人毒づく。これだから耳がいいのは困るのだ。能力を隠しているから周囲のものには地獄耳だの、耳が良すぎるだのと言われているのも知っている。実際もその通りだから否定はしない。

「……その恰好なら血でもつければ吸血鬼じゃろうな」

 本物の血なんて準備することはできない。それはわかりきっているからあえてそう言った。用意できるとしても血糊や赤い絵の具。あとはいま自分が仮装しているピエロのように赤い顔料を用いるくらいだろうか。

 思案するなか、するりと伸びてくるものがある。しなやかで、無駄のない肉付きをしていることが一目でわかるだろう右腕のさきが視界の端に移りこんだ。
 指先が頬をなでるものだからここで?と思ってしまい柄にもなく僅かなら身体が緊張した。
そのうち指先が下唇をなでる。少し強い力で、指の腹が唇を撫でていく。ほんの少しだけ姿勢を丸めたままルッチが指先で赤をかすめ取っていった。
 そうして、赤く濡れた指の腹を迷わず自身の唇に持っていく。丁寧さ、均整さなど欠片もなくただ無造作に唇に塗りつけるさまを先ほどまで見せていた職人として、人としての彼ではなかった。

「代わってやるよ」

 拒否はないと、菓子の入った籠をかすめ取られた。

「だが、高いぞ?」

 表情に変化はない。でもその時ばかりはこの数年、日の昇るなかで聞くには懐かしい声色が確かに聞こえていた。
 吸血鬼と同様に、血を求める気性はあっても彼は一貫して一人の獣であるということを、再び認識させられたのである。






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