CP9小話


□長所は短所
1ページ/1ページ


 人間の身体は動物に比べれば優秀だ。二足方向で歩き、言葉を話し、感情を有している。それだけではなく五感のうち秀でたものを持つものは特質した才能だって開花させられる。
 分野が違うだけでそれぞれ持ち合わせられるものを才能というなら、この能力はどれに当て嵌まるのかをふと考えては閉じていた瞳をひらく。先ほどから変わらない静けさ。その中で聞こえる海の音が不快だとは思わない。そのうち波に揺れる船の軋みの音も混じり合って鼓膜を揺らしてくる。
 能力ゆえとはいえ、こんなにも見張りに適したものはない気がする。人はどうしてもある程度の睡眠がいる。短い睡眠だけで事足りてしまうものも存在しないわけじゃないが、世の中の常識でいうならそれは比較的珍しいことかもしれない。
 おかげでこうして夜を持て余すことが増えている。別段そこまで疲労はない。指一本と動かせないとか、息ができないとか、そういう危機的状況というわけでもない。
 ただ行く先の宛もない。その時がくるまで自由というものを謳歌しているだけである。しかしこうして一人ベッドの上で横になりながらぼんやりとしている、というのも飽きてくる。
 そういえば、キッチンにはいくつか酒があった。船内に最初からあったものもあれば、知らないうちに増えていた、棚の中で光るワインボトルを思い出して身体を起こした。一本だけ、気になる酒瓶があったのだ。
 慣れた足取りで音もなく部屋を出る。直結しているキッチンへの扉を開くと暗がりの中で淡い光が映ったのが見えたことで先客がいると分かった。

 テーブルには酒瓶とグラスが一つだけ。琥珀色の液体が注がれたグラスが淡いランプの光を通していてきらきらと自身の琥珀色を映えさせていた。
 能力がなくても拾える酒の匂いの中で、ここには似つかわしくない鉄の匂いが少し強いことに気づいて息を吐く。扉を閉め、ゆっくりとした足取りで先客が陣取るテーブル席の隣へと立ってみせる。そこでようやくカクが口を開いた。

「勝手じゃな」
「どっちの、だ」

 グラスを傾けるとグラスとこすれている氷がからからと鳴っている。もう酒は残っていなかった。

「ならば仕方ない」

 船に乗ってまだ数日。完治手前といっても自己判断で勝手なことをされては困る。証拠となる白蛇はもう海の彼方だろう。
能力と意志と、それだけですべてが治るならこの世に医療なんていらないことになる。
 テーブル上に肘をついてグラスを揺らす右手に同じく自身の手を添える。指先が触れ合ってはいるが、ほしいものはそれではない。横顔が一瞥をよこして、ぼやけた光の中で微笑むと同時に、残り少なく、氷とともに薄まり始めている酒をそのグラスごと奪い取る。

ーーー本当にこの男は勝手なのだから。

 ついそんなことを思って、一息に酒を胃の中へと流し込んでいく。こくりと喉仏が上下する様をルッチが先ほどと同じ体勢のまま、身動きすることなく見ていた。
 空になったグラスをテーブルにおいて、長椅子へと腰かけるとそのまま身体を横たえる。椅子を挟み込むように足を両側に片足ずつおろして、椅子にではなく、柔すぎず硬すぎない。けれどやっぱり少し硬い椅子に頭を乗せた。

「硬い」
「…いつの話をしてる」
「ちぃとだけ、昔じゃな」

 昔はまだ、と続けたところで額を小突かれたので、なんだ覚えているじゃないかと思いつつ笑みをこぼした。
 帽子もないから、真下から見上げる自分の表情がよく見えるかもしれない。彼は目がいい。カクが睡眠をあまり必要としないのと同じく、ルッチは逆に見えすぎていてる。少しして、今度はルッチが息を吐くと見下ろした。

「五分だけだ」
「寛大じゃな」

 ルッチがランプを遠ざけて暗闇が増していく。纏めていない黒髪がその動きに呼応してわずかに乱れた。肩にかかる黒糸威をかきあげてから、彼が微かな声でおやすみといったのを静かに聞いていた。





[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ