CP9小話


□死なば諸共
1ページ/1ページ


様々な任務をこなす中でもときおり特殊なものがある。殺していい。それはかわらない。ただ一点だけ違うのは、人目のある場で殺せ、というものである。暗躍機関の性質上、銃や切り傷による殺されたと断定できる傷を残すことはたやすいが、今回はそういうものではない。

明確な凶器と目撃者をそろえることを必要とした。一人や二人ではなく、大勢の証人となる一般人。そうなれば、定められるのは殺すための条件だけではなく、場所も指定されてくる。人の往来が途切れないにぎやかな場所で、姿を晒して、人を殺す。それはつまり殺人者を公の場で登場させることを意味する。
しかし先述した通りの内容に沿おうとすれば矛盾が生じる。
この場合は人目のある場で人払いができるほどの騒ぎの最中に殺せ。正解とするならこれが一番近しいものだった。

結局は人を遠ざけるのに、よくわからない任務だと思っても仕方がない。その代わりにとは言っては何だが、人の消えた街中で剣をふるえるというのもまあ悪くはない。このような任務の場合は大半が反逆者である場合が多い。政府にとって不利益な情報を得てしまったもの。偶然それを聞いてしまったものも同義だが、今回は前者が優先される。の、だが今回はさらに前例がない、同業者の始末である。
何度か見た顔の男は自身と同じ技を使って空を跳ねる。そういえば、彼は月歩が得意だった気がする。森で行う訓練でも逃げるのだけは早かった。だが彼の場合はそれだけだった。月歩を除く技は中の下程度で得物においてもそれは同じだった。最もこれだけはカクがその点において、突出したものを持ち得ていたのもあったが本人にその理解はなかった。

「投降せんか。殺したくないんじゃ」

足場のない空の中、男の背中を追うカクがそう告げると、男がわずかに振り向く。こちらのことを覚えているように見える。

「昔のように───」

逃げ回る気か。言葉は半分ほどしか音にはならない。言葉が途切れたのと同時に男が月歩の軌道を変えた。月歩はあくまでも空を飛ぶための技だが、現在の同僚には空を飛び、素早く移動を可能にした六式技を使用するものもいる。それと同じように、男が空を駆けた。どうやら自分が知らぬうちに技を磨いていたようだ。それだけの努力をしていおいてなぜ裏切ったのかを知りたかった。

ほんのわずかでも不意を突かれたことには変わりはない。間合いを詰めた男が苦悶の表情を浮かべたままに構えを取った。柄を握る右手が反応する。だが迎え撃つ体勢を取る身体がその電気信号に待ったをかけていた。目の前にいる男からは確かに殺気が感じられている。だというのに身体がそれとは違う殺気に反応していた。

殺気は背後からだった。

見知った殺気が放つ攻撃に備えて、身体は反撃から回避へと移行する。回避といっても男が掲げる腕の、その軌道から反れるだけでいい。肩口から首筋にかけての空間をほんの少し広げるだけでいい。傾きとしては二桁にも満たない。長さにすれば数センチ程度の空隙に確かに弾けた音が響いた。色のない音弾を認識して男が遅れて先ほどの自分と同じく回避行動をとる。銃に込めた弾が壁に当たり跳ね返るような高い音が響いた後、今度は逆に距離を詰めた。刀身を振り下ろし、加えて月歩で威力をあげた。

前を両腕で遮り、防御に入ってしまったがためにあと数秒は動けない男が見えていない敵にハッとする。だがすでに視界には空しかなかった。
徐々に高度が下がり地上からあがる噴煙とともに汚れた空が遠のく。遠のく空から一番遠い位置にある切っ先が肉を貫通し突き進む。肺と肋骨、その中心にあるものへ穴をあける。突き刺した刀は障害物のなく落ちていく空へ這い出すように深さを増して上身とすべてが血を浴びた。

かく、男が名を呼んだ。もしかしたら気のせいかもしれない。柄を握りなおして着地点を見極めると天窓のある建物へと空を蹴った。硬度のないガラスが音を立てて割れる。ただのガラスにしては軽い音だがその理由は場所に由来する。シャラシャラと砕かれたガラスが雨となって降り注ぎ、太陽の光に色を与えるステンドグラスは着地の衝撃によってさらにヒビを広げていた。

「どこへ行ったのかと思えば、そういうことか」

着地の前から絶命した元同僚の死を確認して共に突き刺さっている刀を抜き取る。抜き取った瞬間まだ凝固していない血液が刀身にまとわりついて切っ先から零れていった。
任務で告げられたのは標的と場所と、同行人数。決して一人ではなかった。

「任務で指名を受けたのはお前だ。俺じゃない」

音のなく、けれど堂々と教会の扉から出入りした男をみる。一つの汚れのない、任務開始時から何一つ変化のない同僚がそう告げてきて、むっとした。

「わしにまで当たるところだったわい」
「当てさせるのか? “お前”が」

普段滅多に使わない六式であったとしても、遠距離からの射撃で、相手が死亡しない程度の威力で命中させる。それだけでも見えない技術が要求されるだろう。殺気を出したのはこちらにあえて自身の位置と存在を知らせて、気をそらせるためで。陽動にされているのはいったいどちらか、見ようによっては逆だ。

「…今日のルッチは嫌いじゃ」
「結構だ」

そう言って、死んだ男の胸元からピンズを回収する。素性を探られぬように偽名として使っていたものだが、これがない以上のちに調べられても身元不明として扱われる。騒ぎと作戦によって人気はなくなり、破壊された教会の一部は瓦礫の埋もれている。台上からは細かくなった壁となっていたものが剥がれ落ちている。

「覚えとったよ。わしのことを」
「こいつがか」
「名を呼ばれたよ。わしは覚えてもいなかったのに」

かすかな記憶しかない自分にとってこの男が同期生をどういった思いで見ていたのかは知らない。だが記憶が正しければ、男に一度でも名を教えた覚えはない。実力のあるものは同期の間ではすぐに名が広がるからその話内で聞いたのかもしれない。屈めた身体を起こし、ルッチがこちらを見た。

「死ねば同じだ」

短絡に言葉を返されて、それもそうかと思考はそこで停滞する。この男と動揺に死ねば先はない。最初から逃げ道など、こちら側の世界へ足を踏み入れた時点でない。血で血を洗うことでしか生き方を知らない。
刀身を汚し、こびり付いたままの赤を払う。楕円のような赤い線が幾重にも重なって生まれた。張り付いていたような足をその場から移動させたとき、何かを踏みつけた。パキン、と数分前にも聞いた軽い音。靴底から覗いた赤いガラスは再び砕けてその数を増やす。突き抜けた天窓から指す光には、すでに赤い色は映らない。だが代わりに、踏みつけた赤の中に別のものを見る。
ざらざらと割れたステンドグラスをばらしてなにかを拾い上げた。メッキの剥がれかかった一目でわかる安物。誰かの、もしくはこの世で決めた相手の指先を彩るもの。少し腕を上げて見れば、背後の天窓から降り注いでいる光に残ったメッキが光を受ける。事前に得た情報ではこの男にそれらしい人物がいたという話は聞かない。ならばこれは、彼にとって、別に意味をなしていたものなのかもしれない。角度を変えて覗いた指輪の裏側にかすれている文字を発見して思わず声が漏れた。

「あいつにそっくりじゃな」

明確に言えば独り言だ。返答は最初から求めていない。

「余計なことをするな」
「忘れとったのは誰かのう」

だがこの指輪が仮に情報をつかむ重要視されたものならそうはいかない。かすれていても読み取ることのできる指輪に刻まれた頭文字が、偶然始末した男の頭文字と同じだなんてあるわけない。。遠くで足音が響いてきている。その正体がこちらの任務を知らずに後始末を任された下っ端の兵士だろう。互いにこれ以上この場にいるのは作戦上よくないことも口にせずとも知っている。珍しくルッチが息を吐くと、そり上がっていないハットのつばを少しだけ下げる。

「分かった」

おもわず面食らって、数秒完全に静止する。そんなセリフを聞けるとは思ってないと言っても過言ではなかったわけだが、もしもの可能性を捨て置いて後で痛い目を見る等、彼にしてもお上の奴らにしても避けたい話ではあるから間違いではない。
おもむろにルッチが隠しに突っ込んでいた右手をふるう。一瞬、空中で受けた狙撃の瞬間が浮かぶ。だが彼の手が拳になっていないことを確認し、ゆっくりと弧を描いて手元に落ちてくる小さな何かを掴んで見せた。

「これで同等だろ」

だから早くよこせと、今度は開いた右の手のひらをカクへと伸ばす。仕方なしに、受け取ったものが何かを確認しつつ腕を振る。ちょうど腕を振りぬいて投げた時、手の中で確かに見えた形につい、手元がくるった。

「下手くそ」

そう言うと数歩前に転がり落ちた証拠品を拾い、今度こそルッチが教会の外へと消える。遠のく一つの足音は逆に近づいてくる複数の足音にかき消され、すでに聞こえなくなっていた。

「………いくらすると思っとるんじゃ」

開いた手の中。確かな重みのある、シンプルで、何の飾りもない同じく彩ることを前提に作られたもの。この世でおそらく一生手に入らないだろうものが、人の気も知らずにいつまでも輝いていた。








[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ