CP9小話


□沈黙は黒
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 この男に白さは不釣り合いだと昔から思っていた。ものによるが白は汚れや濃色が目立つ。特に真逆の色と合わさるときはそうだ。双方の存在を打ち消し合うように主張はするが、どちらかが強まると混ざり合ってもとに色に戻ることはない。
 最初からこの男が真っ黒だったとは言わない。むしろ初めて見た時と今との落差が大きいだけだろう。

 そう思ってしまうくらい、病室には彼にも自分にも馴染んでいたはずの色が少なくて、病室に入るたび少しだけ、その明るさに目がくらんでいた。この数日開かれていない瞳をもつ部屋の病人には理解しがたい話だろうけど。
 少し出てくるといった同僚たちの声が止んでそろそろ時計の針が半分ほど進んだころだ。この調子ならもう半分時計の針が進むまでは戻ってくることはない。つまりこの病室には人間二人に鳥が一羽いるわけだ。

 饒舌になることもないなら、窓の外から聞こえる音に耳を傾ける以外やることがない。司法の島を脱出して数日がたつが一向に一人の男の声だけが足りていない。恒例のように死亡確認をするジャブラの言葉も冗談とは言えなくなっている。壁に寄りかかったままぴくりともしない男を見る。

 ときおり彼の愛鳥がベッドの周囲をぐるぐると歩き回っては一声鳴いていた。潜入中にルッチが言葉を使わないことは確かに多かった。役になりきるという点でそれは必要なことだが、やはり主人の声を聞けないと言うのもいくらかの不安を煽っているのはたしかだ。事実、己もそうなのだから。

「主人が寝坊助とは困りもんじゃ」

 ベッドに近づくとその気配でハットリがと羽ばたく。移動する姿をしり目に開けたままの窓からは風が入り込んだ。
 血の匂い、何かの焼けた匂いどころか、腹の虫を鳴かせる様な香りと風に運ばれる花の匂いが漂ってきて、鼻孔をくすぐる。懐かしいと感じられたことに少し驚いた。

 そのすぐあと。揺らすだけだった風が強まって、薄手のカーテンがドレスのように揺れた。ひゅうっと一瞬音を立てたものの、舞い上がったカーテンが晴れる空の光を取り込んで、白を残したままの影をベッドに落とした。その白い影に重なるように黒い影がゆっくりと屈んで、前かがみになっている。
ゆらゆらと波のように振られるカーテンが上体を丸め込んだカクの姿を霧がかったように霞ませた。

「くるっぽー」

鳴き声がして、その数秒後にカクが上体を起こす。

「起きるといいのう」

 そういって、カクは唇にそろりと指をたてた。首をかしげているハットリにはきっと意味が分かっていないだろう。でもそのほうがいい。彼の愛鳥は主人と同様に頭がいい。理解しきってしまったらきっと、

***

「……で、なんでわしがお前の髪を触れんといかんのかの」

 数日ぶりにみる背中の傷はどこまでも変わらない。たった数日のうちに性格が変わるとは思っていないが呼び止められたと思ったら、やらせているのが髪の手入れときた。普段自分でやらないことを、人にやらせるということはなにかある以外にないのだ。

「理由が必要か」
「それなりには」

 本人にしてみれば治療とはいえ惰眠なのかもしれない。拳をつくり、開いては身体の感覚を確かめているようにも見えた。

「忘れたとは言わせんぞ」

  ベッドに座り背中を向けていたルッチが少しだけ振り向くと、先ほどまで拳を作っては開いていた指先がおもむろに唇に触れる。とん、と一瞬だけ己の唇に触れると、再開しろと言わんばかりにまた、背中を向けた。

「てめぇは気配を消すことをいいかげんおぼえろ」

 返事はなく。だが梳いた髪が櫛に引っかかってそれが嘘ではないことを告げていた。





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