CP9小話
□Indipendence
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からん、と床に何かが落ちた。それはまるで必要のない物だというように無造作に放り投げられて、綺麗な半円を描きながら落ちた。けれど実際に不必要なのかと言われると、微妙なものである。
およそ一年、それ以前ならば一切身に着けることないものだったがいまでは仕方なしに、という意味が強かった。
九つ目の正義が世界の裏側からそれを示すというのなら、今いるこの場所は真逆の意味ともいえた。
報告と、そして部下となった元上司の煩わしさを携えて部屋を訪ねた。ノックを数回。返事などするはずもない。すでに彼には扉の前に誰がいるのか、知っているからだ。
少しだけ苛立っているようだが、殺気と呼べるものは少なくドアノブを捻る。立て付け良い扉から軋んだ音は響かない。
「おや、邪魔したか」
わざとらしくそう口を開くと先ほどと同様に返事はなかった。いつの間にか見ることの減っていた黒衣の姿が映ったので、おもわず口を突いて出てしまった。嘘ではなかったが、興味本位にというのも含まれるので、彼にしてみれば不愉快かもしれない。
「あとにしようか?」
「構わん。報告しろ」
白を床に落とし、自身はいつかの黒を纏う。古巣からのお呼びということは新入りには荷が重い任務がまわされるという意味である。
どうにも、昇格といっていい待遇のはずなのに、この男だけこうして呼び出しがかかる。数える程度であっても、兼任者がいなくなって困ることは多々ある。
兼任者であり、頭であるルッチがいないということは、その次席に。ようは権限がカクに降りてくるからである。
「以上。他はどうする」
「ーーー任せる」
こちらを見ることもなく、何事もないように、たった一言ルッチが告げる。
その一言がどれだけ愉楽するか、煩慮となるか、彼はきっと知らないのだ。
報告によって内容は記憶として刻まれた。中身などもう紙切れ同然でしかない。知るものが少なければ、情報の漏れは少ないくなる。情報共有の主な人員はすでに限らている。
「待て」
黒のジャケットに手をかけたとき、静止の声が背後からした。振り返り寸前に、意識に入り込むように両腕で静かにまだジャケットを羽織らず、収まりきっていない上襟の部分に触れた。
「捻じれとる」
「……。」
「直さんと」
了承を得ず、指先がすべる。布と布の擦れた音がして黒が引き抜かれて位置から調整を始めた。つまることなく指先が結び目を作ろうと動く。その一瞬。交差させたタイの先を両手で握ったときだった。
「ーーー試してみるか?」
感情として拾えるものがただ一つに絞られている声が聞こえて、余計に指先の感覚が鋭くなった。
「……いや、遠慮しておく」
こんな小道具で、たかだか布きれ一枚で、彼が殺せるならば苦労はない。実行したところで、死ぬわけがないと思うところもある。
でもなにより。その程度で、と自分がこの男に求めるものがなんであるかを知っていながらそれを口にする彼もまた、酷い上官といえるのだろうか。