CP9小話


□零す不実の計り方
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※生命帰還は他者に生命力譲渡が可能という設定。

正直なところをいえば物足りないというのが感想である。その理由はいたって単純だ。けれどその闘いで勝利を手に入れられなかったからこそ、先刻の呆気ない終わりを迎えた戦闘があったのだ。あってはならない敗績を生み出したからこそ、というのが最もな理由だが、この際過ぎた結果を覆すよりもやることが決まった。ならばいまはただの流れ者としてではなく今一度敵として見えることを前提としようではないか。

生き物の匂いと潮の香り。こうして流れることも嫌いではない。一番高い帆柱の上。そこに立って眺める青い景色はどことなく寂しいが良いものには変わりはない。飛べばもっと見ることができる景色だが高ければ高いほど良いというわけではなく、ここが今は適した場所だと感じていた。

陸地で感じられたものよりもはるかに強い潮の香りはすでに身体にも、衣服にも染みついている。船を拝借して日も立たないがこればかりは自然のなりゆきで抗えない。

「お、いたいた」

伸びた音が一つ。そして二つが短い音の計三つの独特の音が耳に届いた。横帆を張るのうち最上に位置するムーンセイルの部分に足をつけて先ほどの言葉の続きを吐いた。

「呼んでるぞ」

日が立っていないといっても船の上には退屈なものがないというわけじゃない。日が昇り、日が沈む。その中でやることなど実際は前と変わらない。その分日常の中に身をおくことが少ない彼は自然と鍛錬の時間が増えている。それはとても良いことだろう。ここで止まってはいけない。だからこそいえることだ。

「いやじゃぞ。また相手をするのは」
「ああ、そっちじゃねーよ。俺が勝手に呼びに来たんだよ」
「……はあ?」

勝手に、ということはルッチはカクを呼んでいない。言葉の意味はそういうことになる

「じゃあなんで」
「理由わかんだろ。お前だってよ」

潮の香りが好ましくないのかジャブラが鼻をすすり、息を吐いたあと翻って見ていた方角を変えた。

「バレバレだって言っとけよ」

俺が言うと意味ねーし。と付け加えていった彼の足元から音はない。重力に逆らわずに横帆から降ていく背中を見届けてから帽子のつばを少しだけ下げた。
こういう時に、子供の自分を使うのは卑怯だろう。でもジャブラの言ったことも本当で嘘じゃない。ジャブラが言ってもまず肯定をしてくれるかで息詰まるし気の短いもの同士、年長者と自分より若い頭の彼ら。あれは多分互いの性格がこういう時には合わないと知ってるんだろうなと遅れてカクも帆柱から足を退けた。




***


海風のない船内には慌ただしく動く兵士も、指示を飛ばす上官も、喚くばかりで目障りな罪人もいない。静まり返った室内には馴れた匂いが道として、見えない糸となって残されている。呼ばれるか、もしくは、ありもしない危機の際にしか手をかけないドアノブに手を伸ばす。ノックに返事はないからだ。
外はすでに日が傾き始めている。海の中に太陽が沈もうとしている。またこうして一日が終わろうとしている。
その時間の中で訪問者に腰を上げることもせず、いつからなのか変わらない姿で椅子に腰かけている人物を見る。
両側の肘掛けに肘をおいて、一方の脚を組んだまま、深く腰掛けて目を閉じる姿は実は珍しい部類になる。この男が訪問者がの存在を知っていながらぎらつく瞳を見せることを怠るなんてこと、見たやつのほうがいるのかが怪しい話だ。最もそれは彼が他人と認識している人物には、という理由があるがこの船に他人と呼べるものはいないので除外しよう。自重で圧迫された背もたれが少し撓っていて彼の上体が斜め上に向いている。一見してみればまるで無防備といえる。
寝首がかけそうだ、そう呟くと一歩進む前に、閉じた瞳が開き、こちらをみた。

「やらせるわけねぇだろ」
「知っとる。むしろそうでないと」

つれ合う愛鳥はデスクの角でいまだ眠りから覚めない。

「使ってなかったな。指銃」

セントポプラでの滞在期間は五年の潜入に比べれば大した日数ではない。ただ記憶に新しいことが多くあったというだけで、海賊殲滅は以前からやっていたことだし、ことの発端だっていつもと変わらない。敵が弱いこと以外でただ一つだけ違うのが体技を使うまでには及ばなかったと思えるだけの相手だったということ。それは巧い目隠しにもなった。発端となった場から誰もが離れていたこともそうだが、だからといって、彼は回復が完全でないことを気にも留めなかったのはあれ以上の敗戦はありえないからだった。
留めた歩みを進めながら、扉を閉める。カチリ、と鍵の閉まる音にルッチは見向きもしない。

「何のことだ」

開いたまま視線が動かないルッチに近づきながら、尋ねた質問の返答にしてはあいまいな言葉が返ってきた。窓の外から船長室を照らす光が傾き、鋭角になる光の線が床にひろがる。そこに足を踏み入れると踏み入れた分だけ黒い影が落ちていた。落ちた影が光を完全に覆い潰してしまうとカクの影と足元に落ちていたルッチの影とが重なった。

借りても?、と返事を待たずに手を取る。利き腕となる右手の指先
には確認せずとも、長らく絶えていたころと同じく血の匂いが薄かった。

「嘘はいかんなぁ」
「…いつから誠実になった」
「別に。そっちがその気ならというだけじゃ」

昔から、と付け加える。自分の指によりも長く太い指先を眺めると、自身との骨格の違いがよく分かった。浮き出た血管に硬さなどあるはずもなく触れれば管の存在だけを主張していた。

「ーーー役に立てると思うが?」

少しばかり嫌味な言い方をする。同じ能力でも元となる能力の生態系に準すると差があるのはすでに知っているだろう。その一方で嗅覚とは別に聴覚の良さを誇るのは彼の能力のほうだ。

「さあ、どうかな」

半分となった太陽が海にしずむ。飲み込まれる太陽がその輝きを最後に消える前、かすかに曲がる指先と触れる自身の指先にほんのりとした温もりが広がった。




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