CP9小話


□華の跡
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我々の

居場所では此処ではない。

危機がないと言うなら必要がない。

夜々賊が現れるのなら話は別だ。だが、

有象無象にすら手間取る奴らに、手は貸せねぇな。

隠さない圧は意味がある。それは私情と呼ぶには足りず、けれど確かにそうとも言えるものだった。つま先を数回、地面でこついた。それは攻撃宣言と、もう一つの意味を成している。

場所は決した。やるべきことも彼が、今、決めた。

反論する気もないが、少しだけ狡いなと思った。ひと月前、全快ではないにしろ暴れたはずなのに、今度はそれを一人でやるという。たかが能力者数人に兵士数百なんて過去の経験からしたら圧倒的に少ない、といいたいのだろう。意図を察したのは身内のほかには一人だけ。けれどこちらの行方を追うなど一兵士には無理なことだ。空を飛び、姿を隠す術を持つこちらにたいして、彼らには与えられた武器一つと飛べぬ身体しかないのだから。驕った行為ただ一つ。それが交渉を決裂させた。絶対ともいえる実力を過信した男の能力がなんであるか、もう知る気もない。この世からいなくなることはもう決定したからだ。あの勘の良さならもしや同系だったやもしれない。

目には見えない華を追う。その華には色がない。いや、最初はあった。だが時とともに薄れて見えなくなっている。視認できない代わりに、それはいつまでも染みつく香気となって彼の周囲にまとわりついている。いくつかはつい最近つけたものばかりだから、後をつけるという点で苦労はない。一年前の自分ならば少し厳しいかもしれないなと思った。
あれだけの兵士とを相手取って、遅れるどころか先頭をとるというのはどうにも気に入らない。思案するほんの数秒で彼が速度を上げる。人が、地上から見上げてもぎりぎり見えない高さを保ち、それでいて数時間前から休息らしいものもない。一瞬、ある言葉が浮かんでしまうもののそれは彼だけに言えることじゃないと気づき唇からこぼれることはなかった。
次第に人の匂い、植物の匂い、それを抜けた先にある潮の匂いの中に嗅ぎなれたものを感じて、自分自身で思う以上に早い到着になることを察する。

「よう」

聞き覚えた声色が鎌鼬とともに参じてきて、それがわざとだと気づきながらも同量の嵐脚を返す。海に沈むことなく打ち消えて、強い風を生んだ。

「不意打ちが好きじゃな、ジャブラ」

名を呼ばれた本人に謝罪の意思はない。むしろ謝られたら気味が悪い。

「本気で言ってんのか、それ」
「事実じゃろ」
「──へえ、」

風の匂いが接近を告げたはずだが、意に介さず進むルッチが止まるわけはない。穏やかな海上でかき消されずに聞こえる音も不規則に聞こえてくる。返答を聞いて、ジャブラが眉を顰めた。

「俺がてめぇをつけてたことも気づいてなかったわけだ」
「……そうは言っとらん」

気配に気づかないほど、馬鹿になったつもりはない。視線だけはそう返す。「あのなぁ」とジャブラが続けて、

「てめぇが今やってることは単なるあいつの真似事だぜ」
「真似も何も、行き先が同じだけじゃろう」

匂いが途切れかかっている。行き先が見えたにもかからわずに後を追っていることにここまできても気づかないのか。

「お前は、あいつになりてぇのか」
「───違う」
「じゃあ今てめぇが追ってたのはなんだ」
「だから、ルッチを」
「あいつの背中ずっとつけて、島に着いたら殺る腹積もりか?」

そういうとこだぞ、と付け加えたところですでに匂いは途切れていた。

「……そんなに不満気だったか、わしは」
「笑っちまうくらいにはな」

言葉と同様に笑うジャブラを見る。つばの隙間から見えた表情は数分前と少しだけかわっていた。
後方に跳ねて、直線に飛ぶ。留まった時間は多くはない。だが匂いが途切れているということは彼にはおいて行かれたことには違いない。おいて行かれたといっても、勝手に追っていたのだからまったくもって無関係ではある。

続いて跳んだカクがこちらを見ていることに気づいて、ジャブラが鼻をならした。






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