CP9小話


□Pasatiempo
1ページ/1ページ




※雉豹の戦闘訓練なのでほぼCPはない+麒麟



 吐き出す息は白さを増し、しかし一瞬のうちに姿を消した。 再び冷えた空気を吸いこむと肺の内側から冷気が侵食して呼吸を阻害する。が、すべての細胞が停止するほどでもない。指先にも、そして視界にも触れて見えるのは 大気中の水蒸気が昇華してできた、ごく小さな氷晶だけだろう。それが光を反射し、屈折することで彼の周囲には似つかわしくない光の雨が舞っている。遠目に眺めている男がその姿をみて唇を鳴らした。常人なら聞こえなかっただろう音だ。

 数十メートル先で聞こえる口笛が冷気にさらされる身体に余計な熱を注いだ。冷気の干渉を防ぐための拳を開く。皮膚の薄い末端からわずかな体温が失せていく。それに比例して両腕の感覚も薄れていった。

「ほらほら、止まってちゃあ的になるよ」

 聞こえていると知っていてそんな声が鼓膜に入り込んできた。目に見えた動きはない。けれどその言葉を吐くと同時に地表には霜が降りて氷の道となる。草の一本もない室内の戦闘場に、もといこの訓練において逃げ道などない。一度でも臆して退けば終わりが見えてしまう。当然だろう。こんな機会は二度とやってこない。政府の最高戦力その次期候補の男とやれるなど、このさき一生を犠牲にしてもないだろうことだ。ふ、と柄にもなく笑みがこぼれた。でも仕方がない。これほど楽しいと思える感覚を味わうのは久しかったからだ。先ほどの言葉の通り、的となるように止まり続けていてはだめだ。走る氷の波を見つめ、脚先から下、足趾にかけて脳からの指令を伝達する。

だが敵はあくまで一人。これだけではないのだ。

 直線的だった氷の波が数メートル手前で三叉に割れた。正面、両の側面。そして背後の四つ目として。自身の体液か、はたまた先に出現させた氷柱からなのか。ぱきん、という形成された氷の槍がうなりをあげている。冷え切った室内で汗など一つもではしない。あるのは白く濁った水煙にも似た吐息だけだ。四方を囲まれてはいるからといってそこで思考を止めてはいけない。わざとらしく、誘い出してやると言うように。天井、上空に抜け道を残している状況でそれはマイナスの考えである。
 互いに先を読んでいる。だからこそこちらもその先を読まなくてはならない。氷槍に棘のように広がる三叉の氷の華がひびを生み、割れていく。まるで華の養分を吸い取り、力を得ているように錯覚したが、あながち間違ってはいないようだ。三様に分かれた氷が氷槍に集約されて后段のさらに後方、槍把より距離と大きさを肥大させる。体勢を立て直すため上体を折り曲げさらに跳躍の体勢へと移行していたために反応が遅れた。右腕がのまれ、それによって跳躍と重心移動も止まる。急停止したように身体が大きく揺れ、間髪を入れず男の足元から二本目となる氷の柱が迫る。

「終わり?」
「ーーーまさか」

 肥大しようと先の突出した氷は氷柱と同じだ。違うとすればその突起の鋭さと速度だろう。残された左手で迫る氷柱の先端へと触れる。すでに体温などないに等しいほど低下している。熱の差で氷に張り付くことも少ない。そのまま先端に五指を滑らせてぶらさがるようなままだった身体を捻りあげる。瞬間、捕らわれた右腕を引き抜くため、ほんの数秒だけ能力を解放した。だが解放したところで変化した腕の太さよりも、自身の身体の倍以上に太い氷は砕けることなどない。そんなことはわかりきっている。
だからこそあえて、獣の、制御しないあるがままの状態に変化したのだ。

「"嵐脚"」

 追撃をかわすため、足場とした巨大な氷柱を振り下ろして切り裂く。裂いた氷は二つと割れて、延べ棒に近い形となって視界を遮る。その間にもう一段階能力を行使した。能力の開放によって広がりつつも、腕をいまだ繋ぎ止め離さない氷柱に空く穴。その大きさの半分ほどの筋肉量へと腕の太さを調整する。
支えがなくなり重力に沿い落ちる身体をあと一度だけささえるため抜けた穴の内側、新たにできた氷の壁に爪を立てた。その腕を振り子代わりにして右腕を捕え続けていた氷柱の上部へと足をつけた。ここまでくればもう能力は邪魔だ。剃の速度をあげ、距離を詰めると疾走する氷にも数十秒前と同じくひびが広がり始める。意図的な破壊も構築も能力者にとっては苦ではない。だというなら何もそれに倣う必要はない。広がり割れる直前、その中心にこちら側から穴をあける。飛び散る破片に足を乗せ、そこに体技の気勢を付加させさらに加速した。

「ーーールッチ」

 先に動きを止めたのはその名の持ち主である。あと数センチ。それはルッチにも言えた。クザンと首元に、そして彼の腹部に。指銃が彼の首を貫く前に、逆に腹を貫いていたことは能力の行使速度からして明らかである。

「残念。お呼びかな」

 先にクザンが氷の剣を消滅させたことでそれに続いてルッチが指銃の構えを解いた。

「あんたではなく、ルッチじゃからな」
「……ねぇ、ちょっと似すぎじゃない」

 君にさ、と付け加えたことに、これと言って怒りが生まれなかったのはこの冷気のせいだと思うことにした。





[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ