CP9小話


□喰わせもの
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動物系における発情期について



なぜ人間はこうも不完全で惰弱なのだろうと、そんなことを思う日はいつだって決まっている。女々しいとも忌々しいとも思えるものの正体にいつの間にか呆れはするがどうにもできない現実が嫌だったのだ。ほかの種ならまた違うだろうか。支障が出なければ構わないわけだが、完璧を求める一端がそれを拒絶する。だから余計に。接触すら億劫な何時かにわざと日数を割く任務を宛がう。そうすれば切り替わった意識が静かに内に燻るものを沈下させてくれるからだった。

だというのに。同類の才幹を得ているものがいるからこそ、余計に冷えた中にある熱を探られる。理由がどうであれ、一度でもそれが知られてしまえばどうにもできない。苛立って悪循環この上ないものを理解できるのもまた、いまは一人だけなのだから。
帰還が予定より早まったのは思っていたほどの内容がない任務だったというだけで。言い換えれば物足りなさとして残っている。だがそれは個人として感じたものであり、任務として割り切るなら不要な考えでもあった。

それができないというのは不本意とはいえその身に染みついてしまった人独特の死の匂い。赤い霧雨ではなく溜りにたまった豪雨を一気に浴びてしまったという状態。常人でも少しばかり不快感が残るのに、能力がら強まった感覚によって不快感はそれの倍になっている。

終えた任務の後では身体の異臭を流しきるほどの時間もない。
一刻も早く異臭を消し去りたいと、足取りがいつもより少しだけ早まる。不夜たるこの島で夜を過ごすことはないが、時刻が深夜の今動く人の数は限らているはずだった。

「随分早かったな」

その声を鼓膜が拾うまでは。

「……何の用だ」

早まる足取りは止まり、代わりに吐き出した言葉に対して、隠すことない不機嫌さに臆することなく「別に」と返されて、それが余計に気に障った。
自身の部屋の前、唯一の入り口となる扉とを遮るようにこちらをみる獣の同業者が、任務以外でこれといった理由のなく尋ねるということはごまかしの利かない解答を彼が提示している証である。

「───報告は済んだはずだが」
「知らねぇな」

わざとらしい言葉を重ねる彼にこれ以上は不要だと判断して止めていた歩みを進める。いずれにしろあの男が遮る扉に行く必要がある。だがそれが獲物自ら狩られにいく行為そのものだという自覚があるため、先刻ほどに比べればいささか足取りは鈍かっただろう。
鈍い動きをする、食われよう近付く獣を前に彼が逃すはずがないのだ。
扉へと触れる手前で視界の端から一線が通った。迷うことなく人間の急所に狙いを定めているのは己を除いて彼だけである。

予備動作もほとんどない。できるものは限られる。首を少しひねることで軌道をそらし、頬に触れる固く冷たい弾丸が皮膚を削りのを感じながらも扉を騎士の持つ盾のように推し進めて自室の中心、半ばで足をつけた。
短く、一度だけ息を吐き捨てて頬に滲む赤い線を拭った。

「なんだ、その成りは」
「……関係あるか?」

みっともねぇ、と付け加えるとジャブラが鼻を鳴らして、室内へと踏み入った。
次動作に倣いこちらも丸め込んだ身体を立て直し向き直った。

「あるだろ、てめぇと俺の悪魔にはな」
「───は、食欲の間違いじゃねぇのか」

口角をあげ、殺した息遣いの合間にそう吐き捨てるものの踏み入ってからの足取りは止めようがない。

「野犬に等しく、な」

互いに手の届く範囲にたどりつくと、夜を模した薄暗い部屋の中にできる濃淡を残す影が二つ重なった。滲みだした赤い線を五感の一つで追いかけながら指先が触れてくる。その赤を指の腹で拭ってくると、もう一度だけ息を吐いた。

「食わせてくれるんだろ」

拭って乾ききらないうちにその指が唇に触れた。濡れた感触と先ほどはなかった指先の熱とを自覚しながら、肯定とばかりに己の首元に手をかけたのだった。



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