CP9小話


□Unsavory Ties
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年上二強の訓練風景。若い頃


 成長期の身体はすぐに大きくなる。一日に数センチと伸びていくと骨が痛み眠れない日がよくあった。薬をもらって落ち着くという手もあったが昔からそういう類のものとは縁がなく、なんだか負けたような気がしてならない。
 だからこうして訓練を受け疲労する身体の中へその痛みを隠す。もちろんそのような状態ではずれが生じる。
 軸は動かずとも身体の中心位置から離れるに従い精度が落ちる。指銃と嵐脚はそれにあてはまるだろう。端からみれば問題はないが、実力の近いものや大人たちには知れてしまう。
 
 知っていてなおも訓練は絶えないが、疲労とともにいつの間にか痛みはひいていく。数週間前と比べ体格が変わり始めたことを自覚すると、悪い気分はしなかった。
 体格が変わるということはこれまで培ってきた基礎能力も上がるということだ。だがそのぶん加減を誤ったりする。自分にとっては軽いものでもいくつか歳の離れた訓練生には強烈だったらしい。
 この時期にジャブラは訓練に飽きが来ていた。強くなることはいいが、なにをとっても組手相手に恵まれない。どうしても互角と呼べる対等な相手がいなかった。鍛えた体技を試すにも無機質なものばかりはさすがに飽きてしまう。

 年齢もあがり訓練生の立場から、大人と同様の立場。訓練生の六式技術の向上を見定めるようになったころ、ひと際異質だった一人の少年が大きな飛躍を見せ始めた。
 最初は指銃を、次には嵐脚を。攻撃性と致死性の高い体技を会得すると単純な体術では彼に勝てるものがいなくなっていた。
 訓練にならない、そう判断され青年の前に立った少年は、自分と比べて背丈も顔もまだ子供の域だ。そのわりに子供特有の揺らぎがない。膨れ上がった感情を制御する。まだ心を殺し一つの意識だけでいることのできない年齢のはず、そう考えたとき───、

 組手の開始となる声が自身の鼓膜に響くと同時、もしくは教官であるものの声が最初の言霊を吐き出し、音として響く瞬間。高く上る太陽の光を透き通していたはずの少年の瞳がひどく濁ったのを見る。
 一見して清潔さのある溜まり水の奥底で、沈んでいた泥や砂が舞い上がり、水の色を変えるようだった。
 先手を取られたことに気づき、遅れて構えると背後から確かな殺気を察知する。わずかに上体をひねると少年が剃を使い移動したことが見て取れた。聞いた話と違っていたことに驚きもせず食らいつく。
 人体の急所となる部分を無遠慮に狙う少年の指銃の軌道へ割って入りこむと、まだ幾何か細く、しかし受けた身としては充分な威力であろう体技を相殺する。
 相殺すると言うのは少し語弊かもしれない。リーチの差を利用してただ腕を弾いただけのことである。

「おら、気ぃ抜くなよ」

 上段に構えていた腕を弾かれたので胸部ががら空きになる。そこを狙わないものはいない。体技を弾かれて僅かな眉を寄せる少年の表情が気に食わずとも、吐いた言葉には小さな気遣いがあった。
 初撃で敵を殺せなかった。今の段階ではそういう結果になる。だからこそ精神を乱すなとジャブラは告げたつもりだった。

「知ってるさ」

 少年が返答をよこす。胸部を貫く軌道は変わらず少年は紙のように舞った。指銃を撃つ際の溜めによっておこる、そよ風ほどもない風速にも少年の身体はひらりと指銃の軌道から逸れる。躱しきるすんでのところで腕を掴まれた。  天地の逆転したままの身体にさらに捻りを加えると蛇のように腕を絡めとられて地に伏した。止めの言葉がないがために、その日は打ち身、脱臼という思わぬ失態を演じたのである。

 今宵も同じく。けれど周囲には同期の訓練生の姿もない、島の南東で空気が弾け音がする。当時と比べてもう叱る大人もいない。互いの強さのため、手合わせは増えていった。

「近頃、面白い奴がきたな」
「ほう」
「やけに剣の腕がたつ餓鬼がいてよ。俺じゃ相手にならねーだと」

 自身で吐いた言葉に、ふと昔のことを思い出していた。体技よりも剣術の優れる誰かに似ている少年は自分との組手を「面白くない」といって早々に切り上げるようになっていた。同意見だと言うルッチが言葉を続けた。

「お前は動きが単調なんだろ」
「てめぇ───」
「よそ見か?」

 着地の瞬間を狙い、こちらは着地ではなく跳躍して空を舞う。薄暗い中でも影はできる。地面から遠のいて小さくなった影が再び大きさを取り戻すと顔をあげたジャブラも同じく跳躍する。
 数秒の遅れはすぐに消え空中で再び互いの姿を視認する。反撃の姿勢すらとらずにいるルッチに言葉を返した。

「よそ見かよ?」
「そう思うか?」

 指銃の予備動作に気づいているはずだが一向に腕は振るわれない。彼の目にはたしかに敵がいることが見えているはずなのに。

「言ったろう。単純なんだ」

 言葉の意図は行動に現れる。射程距離にいたはずのルッチの身体が遠のく。急所である部分まであと数ミリほどではあったが彼の動きに目立った予備動作はない。困惑するも一瞬。彼の皮膚が変色した瞬間をとらえて合点がいった。
 ルッチが反撃することなく旋回して着地すると、そのすぐ近くにジャブラが足を付いた。

「頭を使え、野良犬」
「……いつからだ」
「さあな」

 はぐらかす姿に少年時代の姿が重なる。まさか同系能力者。どうにもこの男とは縁が切れそうにない気がした。





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