CP9小話


□Due premi
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 生まれた時の時間にわずかな差があれど互いのどちらが兄か弟かといわれると即答できない。時間という決定でいうなら自身のほうが兄にあたるわけだから、そのままそういえばいい。だが認識している関係としては曖昧なのが適当だったりする。
 年齢にも差がなく身長もほぼ同じ。対照的な性格だといわれることにも慣れたし、衣服を変えればどちらなのか見分けがつかないことだってある。となれば。そういう悪戯にも似た遊びを思いついてしまうのもまた自然の成り行きだろうと言いたい。
 思いつくのはもちろん自分ではなく弟とされる家族のほうで。付き合う自分も結局は誰かと同じで甘いのだと自覚するのである。
 装うのは任務、いや仕事で慣れているから簡単ではあった。歩く先々で出会う弟を知る人物。明るく忙しなく、温かい人たち。そんな遊びが幾日か続いた日。今日に限ってその例に漏れる人物と顔を合わせた。
 自宅付近の店で買い物を終え、最後に釣銭をもらったところで気づいたのはこちらが先。身なりを整え、髪を結った男が誰なのか、自分も弟も良く知っていた。ただ、弟として会うのが初めてだったのだ

「お、ルッチじゃ」

 気さくに声をかける。声質も表情もすべて弟にすり替える。一瞬の間の後で何かを言いかけてやめたようだった。

「何やってんだお前」
「何って見ればわかるじゃろ。買い物じゃよ」
「そうじゃね…いや、カクはいるか」
「んー、今はおらんな。帰ってくるのは夕方じゃよ」

 彼が自分、もしくは弟のことを呼ぶさいに声のトーンが変わる。弟に用があるときは声がほんの少しだけ高く。自分に用があればその逆。本来の聴覚で聞き取った声に反応してそう答える。と、片眉が寄った。

「待たせてもらっていいか」
「構わんが、何もないぞ」

 これは珍しいなと感じつつ、見慣れた自宅へ案内をする。そういえば、先日受けた仕事もこんなことをした。その時は自分が後ろで、前には深くは知らない誰かが歩いていて。手練れではあったから久々にてこずった。危険は少なかったはずだが死線と呼べるものは見ているからほかのものであれば命がなかったのだろうなとふと思い出す。

「で、なんの用───」

 キッチンに立ちカップを二つ取り出ながら問うが返答がなかった。だから改めて、ささやかな手土産を両手に持ってソファに向かう。すでに座り込んでいた彼にもう一度同じ言葉で問う。だが空気に溶け込んでた一度目の言葉が今度は止まったのだ。
 彼は何もしていない。それは事実であり、真実だ。彼はただ、右手を広げこちらに差し出していた。コーヒーを強請る仕草、にしては向けられた右手の角度がどうも、カップではなく自分に向いているような、

「"あいつ"はそうやって何度も聞かねぇぞ」
「……なんじゃ、わしに用があるならそう言えばいいじゃろう」
「聞いただろ。で、"あいつ"はいないと"お前"が言った」
「そこまでわかっとるなら素直に言ってほしいんじゃが」
「だからしてる」
「だから主語をつけろと、」
「ご苦労だったな」
「…」
「礼なら弟に言え。言い出したのは"あいつ"だ」

 入れ替わって遊ぶことはこれが初めてではない。だから弟が提案したことも遊びの延長だと思って疑わなかった。だが忘れてはいけなかった。彼は自分の弟で、繊細で、人をよく見ているのは自身と同じだということを。
 今日の予定もおそらくはこの時間を潰すためのものでこれといった物がないのだろう。となれば、

「最初から全部知っとったな、あいつめ」

 自然と頬が膨らむ。ここでその仕草が弟の機嫌がよくないときにでる癖だったことを思い出す。持っていたカップをテーブルに置いて、ソファに腰かけた。沈黙の後に彼が少し乱暴に頭をなでていった。手の大きさはそれほど変わらないはずだが、この時だけは随分と大きい手だなと思った。

「そっくりだな」
「うるさいわ」

 膨らんだ頬をみてルッチがいう。否定はしない。本当のことだから。数回撫でられるうちに、玄関から弟の声がする。機嫌が良いのか鼻歌が聞こえる。けれど、

「ずるい! わしも!」

兄の姿を見てそう、弟がねだるまであと数秒。


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