CP9小話


□Vendetta
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 守護者として初めて見た顔の人間を見かけたときはすぐに記憶する癖がある。たとえそれが赤の他人でこの先二度と知り合わない人間だとしてもだ。数年先、もしくは何十年先の未来で自身のファミリーに危害を加えないとも限らない。
 行きなれたはずのバーの隅。この一時間、誰かを待つわけでもないらしい黒服はただひたすらに酒の注がれたグラスを揺らしていた。カラカラとボールアイスがグラスの擦れ合う音だけをときおり響かせては、一時間前と何も変わらずバーカウンターから離れない。

「同じものを」

 ただ一つしかない隣席から声がする。カウンターを挟んでバーテンが短く傾いた。こちらのオーダーに対してか視線だけで男を見ると、気づいたように訝しげな視線が帰ってくる。微笑をかえしカウンターの端に片肘をおいて傾ける。バーテンを見ていた身体と顔の向きをかえて微笑を崩さぬままに続ける。

「失礼、嫌だったかな」

 視線を外したものの男が「構わない」と答えるのを聞いて、軽く頭を垂れる。男のグラスに注がれたものと同じ酒に真新しい氷が揺れている。天井から射す室内の照明にならい色を変え、返照を繰り返す。
 照明の中であっても自身の金糸は目立つのだが、先ほどの一瞥の後一度もこちらを見ようとしない男の指が動く。黒髪を後ろに束ねてこちらと似たような姿をする男がふいに揺らしていたグラスを置いたのだ。その指先のものを見てつい声が漏れた。

「奨めないな」

 酒をあけたわけではないはずの男がそう口にする。

「"ここ"で、それは無防備といえる」

 まだ口をつけていないグラスに手を付けず、かわりに男のグラスに指をさす。右の指、男らしくもすらりと伸びる中指にそれはある。けれどそれにはあるはずのものがなく、マフィアを知るものならこの男が同じ筈なのはわかることだった。大きさに差があったとしても、7₃をのぞいたとしても、炎の属性に応じた色の鉱石がリングには必ずあるはずだ。

「知らない、はずはないな」

 その目を見れば、と付け加えるとようやく男が身体の向きをかえて、こちらの顔を見た。

「意味がないのさ、どれでもな」
「大した自信だ。なら、」

 弾ける。それは小さく、まるでマッチ棒を擦りあげたときのようだった。でもそれよりもはるかに、強く鋭い稲光だった。ジジッと照明が秒とない時間点滅するのと、亀裂のなかった氷が悲鳴を上げて蒸気を発したのは同時だった。

「やるかい?」

 グラスに指をかける。彼方までのびる水平線のどこまでもを包み込むような両翼の中心で、ほのかにエメラルドグリーンの雷火が弾けている。色を失いクリスタルホワイトへと戻るのを男が静かに見届けて目を伏せる。思案したように数秒の間があってから薄く目を開く。

「魅かれるね…だが時間だ」

 ひゅるん、と妙な風切り音を拾う。その足元にわずかな自重以外のものとを感じた。
彼の指にあったのは鉱石の輝きのないシルバーリングだった。なぜ鉱石もないはずリングが本当にただのリングであるかは確かめようがないのもまた事実だった。

 この世には、匣兵器のみがあるわけではないのだ。

 その色は確かにこの世界では確認される炎を模している。だがまるでそこに実態はないかのような揺らぎを残してる。主の命を待っているのか、それともただの気まぐれか。静かに見上げる銀狼の双眼に映り込む自身の姿がかすかに見えていた。

「生憎、躾が悪いんだ」

 男が、まるで先ほどの仕返しのように微笑する。しかしその言葉とは裏腹に、悪びれているという風でもないことは一目見ればわかることだった。

「…こいつは人が悪いな」
「慈悲深いと言ってほしいね」

 殺さなかったのだから、と。男はニヒルな笑みをみせ言ったのだった。




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