CP9小話
□Wahnsinn
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続 戦闘訓練
単に、暗躍機関に属する者たちが武器を使用しない理由は明確には複数ある。
所属する者たちのうち半数が絶対の自信を持つ体技に加え、能力を有する故だが、なにも武器の使用を禁じているわけじゃない。必要に応じて人体以外で武器が必要になる状況も任務の内容によっては存在する。
特に諜報任務時に人物を偽造するとき。なりすます人物像。何かに優れていて常人の枠を超えた、戦闘に準するものをもつ場合など。
精通していなければ使いこなせないだろうというものは少なからずあるため、彼らは鍛錬のうちに武器の知識と戦闘技術を身につけていることが多い。
とはいっても使う機会は皆無に等しい。
前述した理由ともう一つ。シンプルな理由が存在するからである。
やむことなく瓦礫の雨が降り注ぐ。落下する数秒のうちに大小さまざまな影を生んでは轟音を響かせて沈黙していく。
そのうちの、いくつかの落下速度をあげていく瓦礫に潜む刃を刈り取っていった。決して敵の視線より下へと降りようとしないことは別に構わない。だが空を優先的に使えるからと言って、互いの道力の差がなくなるわけじゃない。
体技を使用したほうが早いがそれでは面白くないからと挑発したのはこちらなのだから、早々に飽きてしまっては意味がない。
軌道が変わらず避けきれない瓦礫を裂いて、数を増していく代わりに道を開く。
増えては減る瓦礫の雨の中で徐々に増える刃の嵐はいつしか瓦礫に潜むことを忘れていた。
斬撃を撃つという行為自体は六式においてそう難しいことじゃない。難しいといわしめるのはその先だ。あからさまに見える斬撃は命中する確率も低い。大きければ尚更。視認されたからといって回避ができるという保証もないが、成功率が落ちるのは事実だけあってそういったどこかの獣のように狡賢い策は悪くない。
ふ、と自身の影が落ちる瓦礫の中へとのまれる。これまでの落下物の中ではひと際大きく、崩れた建造物が一棟だったという記憶がここにきて書き換わった。何の変哲もない刀一振りでは足りない。
右足を退く。普段とは異なるも時間として形容するに難しい一瞬の間に、のまれて消えていたルッチの影のなかでたしかに、影ではない黒が入り込んだ。
意識に溶け込むかのように静かに飛んだのか、それを待っていたというように目前に姿を見せたカクがさらに速度をあげる。
視線とさげた両腕、そして下げた右足。完全に反応が遅れて後手に回っている。
姿勢の低いまま空へと向けていた峰を返し刃をたてる。すでに描く弧の軌道は決まっていた。見上げたカクの視線からわずかに見える赤い線。この男にしては珍しい色が見える場所。その一点の傷をさらに深く刻もうと重心が後ろに傾いたままのルッチとは逆に前へと踏み込んだとき、
「———。」
音。いや、音と言うよりも声だろうか。ゆっくりと動き言霊を紡ぐ唇を読む。たったそれだけなのに。なぜかとても長い時間を経過させたように錯覚させた。
最後の一音を読み切ったとき、振るった腕がぶるりと震えを起こす。それは臆した震えと言うよりもまるで呪いのようにも思えた。
震えては本来握力が通常のように機能しないはずなのに、その時だけは柄を握った指先一本一本がなお一層刀を握りこみ、離すという意志を感じさせなかった。
「……わしの勝ちじゃな」
ようやくカクが音を紡ぐがルッチが答えることはなく。代わりに、すぐそばに甲高い金属の音が一つ、二つと鳴り響いて消えた。
「どこがだ」
怪訝な顔をしているというよりも少し落胆の色がみえてしまい、まだ足りなかったかと自覚する。
「実戦なら死んだのはお前だぞ」
切っ先から刃の半分ほどを失った刀に触れ、首に触れている折れた刀の部分を離される。それと同時に互いの詰め寄っていた距離が離れていった。
「わしとしては、勝ちなんじゃよ」
己の胸部に触れていた死の感覚をどうしたら彼に魅せられるのかいまだわかりそうもない。だが彼の本気を一瞬でも引き出せたということは自負している。そうでなければ、指銃の速度とほぼ変わらない速度で振りぬいた刃を鉄塊一つで止めて、ましてや折るなんて、できるはずはないのだから。