CP9小話


□倉庫
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※潜入任務中狼豹になるはずだったものの狼はまだ出てこない冒頭部。なのでモブ豹に近い。最後の文面は毒が効いていない豹。いまだにやりたいなぁとは思ってる。

内容によって割り振られる任務は異なる。任務の中で最も得意とするもの、例として対象者を誘惑することや人物を装うなどがそれである。だが人相においては根本からは変えることはできない。特定の能力者によっては人相を変えるというのは異なる次元で可能にするだろう。だが残念ながらそういった能力を所持する諜報員はいない。だからというわけでもないが、ある特定の任務に指名を受けるものがいる。
感情さえ押し殺せばどうとでもなるものではない異質な存在。人間として紛れ込みながらも人の上に立つ存在。そんな役目をあてられた人物に護衛の一人もいないなんて招宴の場においては異様な光景にしか映らない。
だというのに。不必要である偽りの役目にまさか自分を選ぶとは思わなかったのだ。任務上の関係はそうでも私情の入り込む余地のない場であるはず。緊張感などないに等しい年月を経ているからといっても、迷いもしない彼に了承の言葉が少し遅れたことはいまだに悔やむにたるものとなっている。
標的の潜む組織において頂点に座する男は目の前にいるものの、その男は以前に存在を確認した人物である。
こちらの顔を覚えているかは知らない。だがこの男は記憶力が良かった、ということは脳裏から消えていない情報だ。

***

その顔を覚えている。何年か前のことだったので容姿はいくらか変わっていたが、その瞳に覚えがあった。人を人として見ていない様な、その身体にはまるで心などないというように冷たく光瞳を今でも覚えていたのだ。

サイファーポールという名が知られるのはなにも表の世界だけではない。世界政府の存在自体を嫌う裏社会の人間にもその名は十分な力を持つ名ではある。それに加えてこちらでは隠されているはずの組織の存在まで知りえている人間もいる。けれどその名を知ったが最後、己の死期が早まることはどこまでも変わらない事実である。だがその中で、かつてそれを覆したものがいた。ただの気まぐれだったのだろう。任務を担当したものが何かの拍子に、人としての何かを拾ってしまったのかもしれない。だから、最大幸福値に当たり前としてある生存欲がもたらした幸運を彼に与えてしまったのかもしれない。生き残ったという結果だけを残し消えた事実はその程度だった。
しかし事実には続きがあった。指名を受けた諜報員はいまでこそ完璧なまでの知力と強さを持ち、冷酷で、人などと呼べないとまで言わしめた男へと成長した。言ってしまえば青年のうちに起こしたとされる気まぐれな遊びだった。

復讐心によって人はどれだけ変わり、何を為せるのか。見てみたくなったのだ。

一種の期待でもあった。だがこの時の青年にはまだ、自身の強さの異常さが理解できていなかったと言ったほうが正しい。努力などという生ぬるいもので言い表せない訓練をこなせば誰しもがこの場に、自身の隣に同じように足をつけるのだと、幾何か少年だった青年はどこかでそう信じていた。
それが覆る少し前。なんとも気まぐれなことをした。十数年の自身の諜報員としての歴史の中で断言できる最大の汚点である。
自らの手で政府にはむかう敵を作った。しかしそのことが公にならなかったことも、いるかどうかも怪しい天上の神の遊び、もとい気まぐれなのだろう。

「どこかで、お会いしたことがありませんか」
「さあ、どうも覚えが悪いもので」

そっけない返答を男は何とも思っていないようだった。ワイングラスを片手に男がふいにそう言った。柘榴色の液体の中に沈む紫紺がグラスの底で弧を描いて踊らせている。それ見て、男は退屈していると思ったのか。グラスの酒はまだ減っていない。
「ああ、一つだけ」
思い出した、というようにつぶやく。グラスを傾けて柘榴を流し込むと一瞬だけ喉が焼けたように感じた。それに倣い、男も同じグラスに口をつける。

「間抜けな面だったよ。十二年前と同じくな」

言い終えるより先か、男のグラスが床に落ちる。散らばったグラスの破片とはじけて咲いた柘榴を踏みつけながら男がこちら見上げる。グラスを置いて、まるでその男など最初からいなかったのだというようなそぶりで言葉をつづけた。

「成長がなくて残念だ」



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