CP9小話


□Catena neg
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 指先に何とも言えない感覚が残る。初めてではないはずだがいつになっても慣れそうにない。文字通り貫くように射抜いた指先の弾丸をゆっくりと引き抜くとその中心から標的の衣服を赤く染めていった。
 音が立たないように傾く身体を支え、近くのソファへと誘導する。的確に急所を狙ったからおそらくそれほど苦しまずにいっただろうか。
 どんな人間も死ぬときはあっけない。だが自分も、こうして痛み少なく死を迎える時が来るかはわからない。光を失った瞳をそっと伏せ、テーブルとワイングラスを移動させる。すれば一見すると男は酒に酔い、眠ってしまったようにも見えた。
 月明かりを眺め、酒を楽しむ男がいるはずのないものの姿を見たことも、暗がりの中で助けを求めようと口を開いたことも、一人をのぞき誰も知りえない。
 聞こえは悪いが一仕事すんだことに変わりはない。深く帽子を被り直したときだった。
 昔の自分を思い出すような声が背後から聞こえた。か細く言葉を紡ぐ正体は思案せずともわかる。そのうち声の主は小さな声で尋ねた。

おにいさん、だあれ。と

 舌足らずで寝ぼけているような声が正体を暴こうとする。振り返ると見下ろすほど小さな子を見て言った。

「おとうさんのお友だち」

 わずかな光の中で笑みをこぼすと右腕を背中に回して隠し、ゆっくりと近づいた。

「こんなじかんに?」
「呼ばれたんじゃ。でも、寝ていてな」
「ふぅん」

 興味がないように子は父を見る。月明かりを背にしたままソファに腰かけ俯く父を見つけると、呆れたように言葉をつづけた。

「またおさけのんで ねちゃったんだ。かぜひいちゃうよ」
「そうじゃの。なら起きるまで、そばにいてやってくれんか」
「なんで?」
「起きたら、わしのことを知らせてほしいんじゃ」
「……へやに もどってないと おこられちゃうよ」

 日ごろから言われているのだろう言いつけを順守しようとする。ならばそうしてもらったほうが良いかもしれない。

「なら、怒られる前に部屋に戻ろうか。一人で平気か?」
「うん」
「良い子じゃな」

 頭をなでる。最初にあったはずの警戒心などなくなっていて、撫でるという行為に何か思い出したのかくすりと笑った。標的は一人ではない。だが重要人物以外に消せとは任務には記されていない。得られる情報も手に入れた。

「ばいばい。おにいさん」

 このまま何も知らず、明日を迎えてくれというのはすでに無理な話だ。けれども懸念はそこではない。

一人ではない。というのは標的に限った話ではないのだ。

 室内の廊下を曲がって子供の姿が見えなくなる。たったいままで覚えていたはずの子の顔はすでに思い出せなかった。



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