CP9小話
□来世に希望を
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※とある職人の五年間とその終わり
時に自分は不幸体質である。財布を落とすとか、家の鍵をなくすとか、そういう小さな不運ではない。水路の多いこの町ならではなのかもしれないが、この町に住んでいて死にかけた回数は一の桁以上にある。
何かの拍子に足を滑らせて落ちたと思えば水路の溝に挟まっておぼれかけたり、全く関係のない他人の喧嘩に巻き込まれて、頭に思いっきりワイン瓶を受けて一週間意識がなかったり、と。上げだすときりがないため割愛するが、どうにも死神につけ狙われているのではと思うところはある。
それがなくなったのが今日を入れてそろそろ五年目になる。きっかけは、この町唯一の造船会社に就職したことだろう。
断定はできない。だが作業場においてまったくそういう危険が少なくなった。多くの船大工が安全を確認し作業をしているのもあるが、決まって危ないという瞬間の少し前にいつも聞きなれた声が注意を促すのを聞くのだ。
ほぼ同時期に会社に入ったにもかかわらず、翌年から補佐、その翌年には職長というある意味異例の速さで昇進した人物がいる。しかも二人。元々のW7の人間ではないとだけ聞いていた。
まあこの島で有名な船大工は数えるに事足りる人数しか存在しないと言うのもある。
慢性的な人手不足とは別に、技術を後継する者の不足が同時に発生している中でそれは頼もしく映った。
一人は昔から船大工に興味があって、進んで技術を学んでは指先になじませていった。もう一人は逆に一言も話さないばかりか、その男の本当の声を聞いたやつがいない。だが新人の頃から、上司には案があれば迷わず提示し意見を求めたり、合理的に作業を行うためなら熟練した技術を持つものにも口を出した。
見れば見るだけ、この二人の職長は個性よりも性格が正反対。前者のまだ若い青年はよく好かれて、すぐに社員のうちになじんでいったのを覚えていた。
一方で鳩を乗せた男のほうはだからどうとか、あいつは好かんとか。最初は確かにそういう声もあったし、常に表情に変化のないことも重なってはいたものの、やはり実力の世界。腕が確かなら、皆惹かれるのは当然といえる。
結局はそれは自分も同じだったわけで。憧れたものを追う日々が経つとすでに五年というわけだ。
面と向かって、話したこともない。あるとすれば二、三度言葉を交わしただけ。でもしっかりと目標となるものができていつしか不幸と呼んでいたものが祓われているのかもしれないと思うようになった。
海が荒れるこの時期は水害の心配ばかりで、心が休まらない。納期と海賊侵入による事件というのはこの先二度と重なってほしくない順位の上位に食い込んでいる。
本社の廊下を駆け上がる足音がそこかしこからする。くわえて、正面から職長の二人が駆けてくる。
過ぎ去る二人の背中を見送って、その先を目指す。足音が反響していく先には知らぬ間に席を外したもう一人の職長を合わせ三人分の空席ができていた。ここを手薄にして良いものかと過るものの口には出せない。
「麦藁はまだ迷っとるのかのう」
独り言のように声がする。薄暗がりの中で最年少の職長が声をかけているにもかかわらず彼とは反対の椅子に腰を落ち着かせる職長は応答がない。あ、この人話さないんだった。
「こんなに長い夜は久々じゃ」
「はあ、」
納期が迫っていると翌朝まで作業をこなしている人が何を言うのかわからない。と、ここで思わず口が開いた。
「あの、職長」
近づいた自分の足音に見向きしなかった職長に声をかける。すればうつむいていた顔を挙げてこちらを見る。
「ーーーなんで、敵が麦藁ってわかるんですか」
一瞬、職長の肩に乗る鳩が短く鳴いたような気がした。
「そりゃあ、ついさっきまでアイスバーグさんを殺そうとしとったやつ以外におらんじゃろ」
仕事の間以上に己の口が動くことにわずかな不信感が生まれる。でもその感情が自身の言葉に、ではなく先ほどの職長の発言に向けてであった。
「仮面をかぶってるのに、分かるんですね」
思わずそういうと、
「もういい」
いま、目の前に座している職長の声にしてはやけに低い声が聞こえた。え、と視線は音のした方へ。視線の先にいる人物はたった一人しかいない。
おかしいな、この人、こんなに、
「始めるぞ」
こんな風に、嗤ったこと、あったかな。
「…すまんな、」
この日、五年分の不幸が、振ってきた。