CP9小話


□Broke Down
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※政府からCP9として再要請を受ける麒麟




 空を眺める。終着点もなくただ流れる雲を見る。まるで逆転した海を見ているようだ。そういえばこのところ空を眺めることが増えた。何度も駆けたはずの空はどんなに時を経ても変わらない。
 気分屋できまぐれで、いきなり怒り出しては静かになる。一頻り降る雨もまた、まるで人となりの心があるようだ。

「それで、返答をいただけますか」

 意味のない転落防止用の鉄柵に肘を乗せ、隣立つ役人の顔よりもただじっと空を見る。この街の名もこの男の名すらも正確には知らない。その知らない建物の屋上に二つの人影がある。
 晴れた日だと言うのに男は肌を露出することもなく、黒曜石に近い衣服を身にまとっている。対照的な衣服をのカクにとっても世間一般においても、そんな姿をしたものが誰の使いであるかははっきりしている。
 なんてことのない買い出しの最中、肩をぶつけた男が「失礼」と声をかけたのはじまり。それから片手の指を数えるほどには顔を合わせているだろうか。正直な話、覚えていない。

「連中の中では可能性があります。能力者としても体技においても」

 男が言う可能性とは、簡単に言えば古巣に戻らないかという話である。処遇は不問とするうえで待遇は善処すると言う内容の話をこれまでかに何度か聞いた。
 最初に聞いたのはなぜ、道力としても能力としても優れるものではなく自分であるか。その答えが先ほどの男の言葉である。すでに全盛期を過ぎつつあるものよりも先のあるものだから。ようするに年齢だけで見られている節がある。

「わしはルッチに勝てたためしがない。剣以外ではな」
「今の状況においての結果に過ぎませんよ。いずれ及ばなくなる」

 どうにもこの役人はしつこい。おおかた覚えのある元上司か、それとも別か。どちらにせよ、もう答えは決まっている。

「……そうじゃな、悪くはない」
「ではーーー」

 男が身を乗り出す。彼が任務として良い結果を求める以上、相手がその答えに沿った言葉を引き出そうとすれば自ずとそうなる。だが残念ながら男が求める答えと、自分の答えは同一ではない。

「お前、人を殺したことがないじゃろ」

唐突に話を変えると男が不思議な顔をする。

「ないじゃろう。お前からは血の匂いがせん」

振り返って、男を見る。

「血の匂いがしないと言うのは、わしらの世界では負け犬の同義でな」
「……何が言いたい」

これまでの男の口調が変わり、声色にわずかな怒気と恐怖が宿りだす。

「わからんか。所詮わしらは道具。鎖の手綱一つで手懐けられんと言うておる」

 男は答えることなく、今この場を脱会する策でも浮かばないかと思考を巡らせているようだ。
 そんなことをしても、例え聞こえのいい言葉を吐きだしてもそんなものは最初から意味などもっていない。

「いや、もしくは血に飢える獣かのう」

 たった一歩、男の前へと足を出す。人ひとり分開いていた互いの距離が変わって、いささか不自然な体制となる。密着するかしないか、わずか数センチほどしかなくなった感覚には覚えがあった。
 ゆっくりと利き腕を上げると同時にカクも視線を上げた。

「ーーー餌さえあれば、食らいつくとでも思うたか?」






***


 船上から空を見る。肌に触れる海風が頬を撫でていく。甲板から見上げると風を受けて帆が弧を描いていた。

「鼠でもいたか」

 知らぬ間に同じく海を見る男がそんなことを言う。少し間があってから「そうじゃな、」と前置きして、

「鼠どころか、蟻一匹おらんよ」

そう告げた。



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