CP9小話


□Bewusstlos
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※豹雌麒麟 雨の任務



 雨は嫌いだ。身体は濡れるし冷える。雨音がうるさくていつも聞き取れる音すらも零れ落としそうだ。唯一の利点は匂いを洗い流してくれることくらいだ。染みついた長年の匂いは消えなくとも本来よりも匂いは薄れてくれる。そのうえに上書きされたように残る他者の匂いも洗い流されるからその点のみは良しとしよう。あとは、そうだな。

「台無しじゃ」

華美とはまでは言わずとも、たとえ任務のためとはいっても、せっかく用意したものをだめにされるのはやはり気分が悪い。証拠を残せばあとあと面倒なことを呼ぶ。
残すよりもひとつ残らず回収するべきだし、仕事上の正装に早く戻りたく仕方がない。けれどそのためには雨粒の降りしきる中で轟々と燃ゆる建造物の最期を見届けなければならない。
生き物の焼ける匂いが地上を濡らす雨の匂いと混じり合っていてなんともいえない匂いを発している。能力者ではない自分がこの程度に感じるなら、彼には相当きているのかなとも思った。

「そう思わんか」
「知るか」

かくいうこの男も、濡れることを嫌う。それは単純に濡れた衣服の感覚が不快だかららしい。絶え間なく降る雨粒が視界を奪うなんてこともないが、能力がら忌み嫌っているのもある。こういう日に彼は表徴としているものを見につけない。戦闘以外で黒髪が張り付くことを気にしない男でも任務内容によりけりで自分と同様に身なりも変わるわけだ。

「しつこかったのう」

男は皆ああなのかと、半分疑いたくなるくらいに女好きの噂は真実だった。情報に間違いがなかったことは良い。だが酒もなしにあれだけの至近距離で女の懐に入り込もうとする男はそうもいないだろうというのもまた事実だ。世継ぎ欲しさにしては手あたり次第過ぎてほかの出席者も引いてるしこんな男に丸め込まれた日にはと、ありもしない翌朝のことを考えた。
そんなことになればこんな大掛かりに存在を消す必要はなかったわけだが、それはあくまで最後の手段であり、その手段を取るとなれば真っ先に自分が喉笛に噛みついていた。
一頻り燃え続けた炎も鎮火の道筋をたどっていた。微々たる指先の違和感ともようやくお別れだ。付け爪なんて指先の感覚を歪ませるだけで、見た目以上の効果はない。

雨音が強くなる。強まった雨とともに風が雨をさらに運び始めた。と、隣で冷めた表情をしていた男がなにやら唇から言葉を紡いだ。聞き取ろうとすれば読めないことのない言葉を二文字。誰もがもつ当たり前に呼ばれることのあるものが読めたのでいつものように振り返った。帰るのだろう。と視線を向けてみて彼の視線がこちらの瞳を見ていなかった。雨の冷たさで落ちた体温がやっと、いくらかの熱を帯びている男の手を認識する。指と指を絡ませることも、握るわけでもない。ただ普通に手を取って、そうして持ち上げた手の甲に、軽く唇を押し付けてきた。

「冷えたな」
「それだけか」
「ほかにあるのか」

体温を知る術はほかにもある。それをわかっていながら、選び出された選択肢がこれか。

「雨は嫌じゃのう」
「同感だ」

たとえあの男の匂いが少なからず残っていたとしても、雨ですべてが洗い流されてしまうことを彼が知らないはずはない。だがそれは、黙っておくことにしよう。


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