CP9小話
□知る由もなき攻防
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※豹雌麒麟+秘書
何年か前、ふと言われたことがある。潜入先でのことだ。期間はそれほど長くもなかった。けれどたった数日のうちに出会ったとある少女のことを年月を経てもこうして覚えているのだ。
特に鮮明に、脳に記憶されているのは彼女の言った言葉である。十も違う自身に対して純粋にこぼれただろう言葉。長くて綺麗な髪と言ってくれた少女が口にした言葉を今でも覚えていた。
「……聞いとるのか、カリファ」
「聞いてるわよ」
声の主が不満そうに名を呼んだ。即座に返答したものの、実際は半分ほどは聞き流していた。だが話の内容は別に聞かなくてもわかることである。
何と言ったって昨晩に見たはずの彼女の長髪が今日日において首より上に。整えたというには難しい姿のまま帰還したのだから。
帽子で隠すには無理なことで、というかまずこの仕事は彼女の任務ではなかったのだ。
任務の決行が重なったからと、どう見ても難易度がはるかに上がる任務を共にすると聞かず。かといって任務すべてを限られた期間のうちにこなすにはそれなりに技術とスピードがいる。
だからなのか、それとも最初からできなければおいていくつもりだったのか。
真意は定かではないが予定の変更に際してルッチがそれを了承したものだから。というのが元をたどった元凶だろう。
単純な任務で言えば、これまで担当してきた任務のなかでも懸賞金と凶暴性においては群を抜いている海賊を相手にする内容である。
単独を好む同僚が彼女に合わせてくれる可能性など最初からない。しかしそれは侮辱に等しいと分かっているからこそそういことはしないのだ。
とはいっても、どうにも話を聞くと彼が彼女を囮にしたような部分があるようで、
「カク」
海賊に背後を取られた瞬間。憚れる筈の名を呼んだ後に、彼はこう言ったという。
「落とすなよ」
つい先ほど絶命させた海賊の部下をゴミのように放り投げて、血塗れた両手はそのままに背後の海賊とほぼ同じ高さにある彼女の首めがけて普段なら見えるはずの鋭い太刀を放ったという。ごろん、とその場に転がったのは海賊大将の首一つ。己を首を落とすなとのたまった男は、最初から二つの首を落とす気はなかったようだった。
結果的に、任務の足を引っ張ったから。というのがのちに彼の言う理由もとい言い訳だった。
「女はね、髪が命なの」
「……そうか?」
「いつか分かるわ」
くすりと笑う。その意味が分からないのか首を傾げそうになるカクの頭部を抑える。動いちゃダメ。そう言えば部屋へと通したときと同じくおとなしくなる。
わずかに乱れる毛先に鋏の刃を通す。そう、整えたというには確かに言えない。けれどその実、
「期待してるのね」
「んー?」
聞き取れたのか、意味を理解できなくてただ聞き返しただけなのか。それとなく誤魔化すと今一度動かないで、と念を押した。
「また伸ばすの?」
「良いことなしでは悩むところじゃ」
「……あったじゃない。良いこと」
手早く櫛を入れ最後の手入れを施す。思いのほか早く終わったことに気づいているのかはわからない。
「願いがかなうと髪は短くなるのよ」
「……なおわからん」
「言ったでしょ。いつか分かるわ」
断たれた髪の先があまりにも綺麗に切れていると知れたら、彼女はまた髪を伸ばすのだろうか。