CP9小話


□同心相憐れむ
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※フォロワー様から設定を拝借したものになります。



卑怯な手段も一つの策略に過ぎない。敵の注意を奪うこと、嘘をつくこと、状況によって起こりうる現象すべてに正当性を当てはめようなんて無理な話なんだ。そんなことばかりでいられるはずがないのに、怒気の混じる言霊が肌を撫でていったものだからついそんなことを口走った。くだらない、と。だがどうも、それが癇に障ったらしかった。この数日に見慣れたはずの場で風変りな光景をこれまた自分よりも年長の二人が眺めているという事実が前者と同義なほどのものがある。
しかし言葉の撤回はしない。する気もない。
もし、今の彼らに心があるというなら知っているはずだ。正当性なんて、いとも簡単に作り出せてしまうということを。
どちらが善で悪であることすら、当事者でない誰かには分らないことも。

刀は見た目の美しさと鋭さを維持するうえで手入れを欠かすことができない。しかしこの手入れというのは持ちなれない素人にすれば面倒だと一蹴されるだろう。得物を全く必要としない身内の顔が浮かぶものの、あれは例外中の例外だと結論がついている。自身の能力も同じく肉食系の、爪と牙のある能力だったならこの考えはまた変わったかもしれない。それに能力という観点でいうなら一人は能力を二つ持っていることになる。こればかりは相性だから欲しても得られない。
手入れには個人差がある。ようは知らぬうちにある微々たる手癖の類。たったそれだけでも使い手の本質が見えてくる、というのが彼らの意見だった。事実そうかもしれない。長く人の血を吸っているのは自身の指先に他ならないが、次点で、というなら今振るう得物がそれにあたる。
単純に言うなら、持ち主に似てくる。そう言いたいのだろう。けれどその本質を自身の言葉で言うのならば、特別という言葉が適当なものである。

「飛ぶのはなしだろ」

両断しようと容赦なく振り下ろす刀身を受けるのではなく躱してみせる。その間に間合いを詰められることを予測して二、三歩空とは呼べない空中へと足を進めたことにそんなことを言う。別にこれくらいなら彼らだって届かないわけでもないのに。

「そんな秩序、わしらの世界にはないな」

規則的な音色。乱調のない音そのものが、こちらの戦闘態勢の良し悪しを示している。わざとらしく首を傾げれば反応があった。表情、ではなく得物を握る指先が動きを見せる。それに合わせて、鋭角に飛びのいた。武器は武器らしく、そればかりを連ねているのか思えばそうではないようで。単調に合わせた移動に反応して切っ先が頭部を狙う。それを簡単に通すわけがない。帽子のつばをかすめるよりも前に楕円に見えている刀身を下に。刃で受けてはいけないことは知っているから、峰を逆立ててはらう。
一直線に飛び出した線が突然折れて曲がる。峰と峰を触れ合わせたまま、鎬をこすり合わせて急落して地面に突き刺さる鋼の坂を上る。鋼と鋼の擦れた音は鉄とでは違った音を響かせている。
その音に混じるわずかな舌打ちを拾うと突き刺さったままの刃の線はまた確保していた軌道をかえた。狙い定めた首から上。頭部を落とすために峰から浮かせた瞬間を狙ったのか、鍔が物打ちをせきとめた。鉄と鋼が共に鳴り、反響することなく音を飛ばした。
そこで初めて、柄を握る両手が開いた。開いたかと思えばその手はまた拳をつくりだして引く。体術も嗜むのかと、迫る拳を見て思う。仕留めにかかったこちらの両腕がそれを防ぐには少し時間が足りない。

ならば、少しだけその力を借りよう。

突き出される拳が届く前。カクも同じく得物から手を放す。下から上と向かう軌道そのままの体勢で円を描くように拳をかわし、くるりと回って見せた。飛ぶ、のではない。己はいま、人でありながら人の域にいないのなのだと。拳の周囲にある微力な風の流れに身を任せる。それだけでも十分な力を得られる。受け止める力ではなく、受け流す力というのがこの場合は正解である。

自身の衣服にはない袂がその微風と腕の動きに合わせてたなびく。深紅と浅葱、双方の色が風の中で色を映えさせた。
一回転の後、右足で自重を支えるともうふた蹴り。まだ完全に落ちる前の得物を拾うのに、その得物で貫くために。二つ目に飛んだ先で、視界は180度変化する。拳をふるい、その挙動で広がる羽織が黒髪とともに止まって見えていた。
身体の形が正確に見えずともどこが急所で致命傷なのか、すでに頭に叩き込まれている。
構える寸前。そこでまた、音を拾う。

「─────ッ」

それは息遣いでも、悪態でもない。まぎれもない殺意のある切っ先が、二度目にしてまた頭蓋を貫こうとしていた。
踏み込みかけていた両脚を制すが間に合わず、身体が、皮膚が、小さな痛みを認識した。

「惜しいねぇ、もう少しで取れたんだがなぁ」

器用だね、あんた。そう続けた男は身にまとう着物にも、羽織にも切り裂いた穴などつくらない。背後を取ったカクの位置に、彼の頭部に目掛けて刀を引き抜き、返し、貫こうとした。それだけのことだ。
静止したままの認め切らない主の顔を見、そして微量にある赤を見つけて、より一層笑みを深くした。

「……そちらもな、刀神」

まとう黒が落ち、その額には赤が伝う。

「だが今のでわかった。あんたも同じだ」
「……否定はせんよ。自覚はあるからな」
「そうかい、そりゃあ────」

落ちてしまった黒を拾う。浅くも二つに避けてしまったそれはもう使えないかもしれない。それでもいいかと被り直していると剣を納めずに兼定が振り返る。滴るほどでもない赤がかすかに残っているままだ。

「救えねぇな」

***


血の匂いはこの場にいるものたちには隠しようがない。それが僅かなものでもだ。特に鼻の利く輩にはそれだけでなにがあったのか見透かされてしまうから。

「おい、マジになってるぞ」
「知るか」

止めろよと、遠回しに言っておきながら自身にその気はないような身振りをしていることを、同じく鼻の利く男は知っている。室内に漂うかすかな血の匂いなんてそこまで気に掛けるほどのことでもないという意味もあるが、

「あいつが本気でやると思うのか」

すでに血の匂いの一つは薄れている、先ほど以上には出血がないことがそれだけでもわかりきっている。

「止めるの誰だと思ってんだ」
「さあ?」
「こ、のやろッ」

擦れた二つの鋼の音がふたたび響く。でもその後、嗅ぎ取れるほどの血の匂いはカクのものではなかった。



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