CP9小話


□不成功報酬
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※とあるタグに便乗。手違いで戦場に飛ばされた三強



 状況というのはいつまでも変わりゆくものだ。ある日あの瞬間から変化がないなんてことはあり得ない。それが戦場ではなくとも日常というのはそういうものである。数秒後には誰かが来る。数時間後には日が昇る。日常の移り変わりをそれに例えるならそうなるだけだ。
 どんなに先を読んでも、事前に周到な用意をしていても、それでも対応のできないことは起きる。手入れの合間、次の得物へと手を伸ばす瞬間。暇を持て余して、でも動くのは口先ばかりのいさかいが、ついには血気にはやる瞬間に。世間一般にいうのならそれがいわゆる誤作動だというのかもしれない。得体のしれないものの細部までを自分たちが知るにはいささか知識が足りなかったし、かと言ってその誤差に口を挟むということはまず考えない。

これが戦場という場ではなかったときにのみ、それは許されるからである。

 何度か見たな、と独りごちる。けれど独りごとには誰からも返答などない。代わりに答えを示したのは地平を切り裂いたように伸びる線の先。人の形をしているそれがなんであるかを距離にして数百メートル先から視認して、カクが笑った。

「大した数ではないようじゃな」

 呑気に数を数え、その数が両の手を超えてさらにその倍の数になると、わざとらしく掲げていた指先を下した。

「ばぁか、要するに俺らに用があるってことだろ」
「もう少しマシな呼び出しがよかったな」
「全くだ」

 そりゃあ、まあ。刀神を仕留めるよりもその根元を断つという選択は間違いではないだろう。ただあの体の中をひっくり返されるような感覚をこうして何度も味わう羽目になるのはどうにも良くない。

「珍しいな、お前がやる気かよ」
「誰かが嗾けたから、だろ」

 意思が一致していることは喜ばしい。各自それぞれに欠けたものがあるが、それは大きな問題にならない。

「あいつらにはやらねぇってか」
「───必要があるか?」
「……ないな」

 同調すればそれ以上の言葉はない。何が邪魔であるかを彼も知らないわけじゃない。援護というのはあくまで互いの動きに合わせるまでをいう。それすらもまともにできないなら不要というものだ。

「異存は」
「───ねぇよ」

 てめぇが決めたことだろう。そう付け足したのを合図に六つの足跡が空へと消えた。

 異存はない。確かにそうだ。だがまずほしいものがある。所詮は人間に位置するものに変わりはない。超人という事実においても人を超えたという意味でしかなく。神を超えるなんてまず無理だと考えてしまう。それができるのがこの場にいない彼らの存在である。長い年月を経ている彼らにできて、多く見積もっても十数年ほどしか経ていないの自分たちができないことなど一つしかない。

 ルッチは不要とし、ジャブラもそれに折れる形で了承した。だがそれは言い換えれば生身のままで敵を落とせという意味である。助力を必要としないなら、やはり一つばかり必要となるはずだ。

 振り上げられる刀身はなぜか色がくすんでいる。その意味を捉えかねるが、要は呪いの類があると思えば良いかと結論がついてしまうとあとは簡単だった。一瞬だけ視線を敵の頭部から刀身へと変更する。切っ先のブレを認識し、振り下ろされるその先端に指銃と同じ要領で両腕を滑り込ませる。刃を掌で包み込み、衝撃を逃がすために左へとそらす。そらす間に刀身を引き込まれ動いた軸足の膝に足を置く。その膝を地面と同じく扱うには十分な強度があった。
 これ幸いとのしあがり、正面を向いたままの顔面にめがけて肘打ちを入れる。普通の人間とは違う少々鈍い音がするがこちらのほうが痛みが強い気がした。それでも緩む筋力に確かな手ごたえを感じて挟みこんだ刀身から花開くように手を放す。左手で刀身の背に親指を添え、右手はそのまま今の主から主導権を奪い取る。開きかける両手を即座にはらい柄を持ち変えた。
 そのまま下から上へと鈍角になぎら払うように、一線を描くと黒霧が舞ってちりぢりになった。
意外と使えるかもしれない。そう思った矢先だった。

「───お、」

 右手の、指先から肩へと伝わる違和感。それは徐々に大きくなり、いつしか足先にまで侵食する。その鈍いような、重いような感覚には一度だけ覚えがあるものだということに気づくと、にやりとまた笑ってしまったのである。

まるで、おもしろい玩具手に入れた子供のような気分だ。

「ジャブラァ」
「───アァ?」

 遠目に見えた背中に声をかける。戦場に味方に声をかけるという行為はそれだけでも危険度を増してしまうが、まあ許してもらえるだろう。お得意の鉄塊拳法で敵の刀身に触れているならもしかしたら気づいているかもしれないと思った。
 ひと蹴り。それが空へと舞うと周囲の敵は頭を上げる。振り向きもせずただ返答だけよこしたジャブラ目掛けて、カクはもう一度言葉を吐いた。それは二度目となる独りごとであった。

「ルッチにどやされるかもしれんな」

 ひゅん、と刀身が風を切り裂く。その音をジャブラが聞き逃すはずがない。それでもこちらを見ることもなく、交戦中である敵を足蹴りしたあとで、右手を掲げた。それが振り下ろされて、何もないはずの空中に影を落とした時、鉄と鋼がこすれあった。
耳障りの良い音だが至近距離で聞くには悪いものだ。刀身の半分に受けた衝撃にあらがうことなく刀はその場で円を描く。
 高速で回転する刀の柄の部分を見定めて、狂いなく柄を握ると、動じないでいた敵が再び刃を向ける。刃の長さは同じだが、突きの速さ劣るとは思わなかった。一切の躊躇なく首をひと突きした後にその違和感にジャブラも感づく。着地地点に集まる敵を一掃してからジャブラがようやくこちらを見る。

「……んだこりゃ」
「おもしろいじゃろ」

 跳躍から着地したカクがいう。身動きの取れない、そこまでではないものの体技や剣術においては確かに感覚が鈍い。

「わしらの中身のせいだろうな」
「へえ、なら───」

 やはり、とたたえた笑みが己と同じ意味だ。昔から体技に絶対の自信と実力を持っているから余計なんだ。好奇心からなるその一瞬だけをただ見てみたいだけなのだ。

「なんじゃ、まだ───」
「いいんだよ」

 刀身を握りジャブラがルッチを見る。だがその右腕が味方と敵へと投げ込まれるには少し時間を要した。その意図にカクが気づくにも同じく時間が必要だったが、それが自身と同じ行動だということにはまだ至らない。
 カクのように言葉もない。けれどその視線は未だにルッチから外れない。敵を狩り終えているのはルッチも同じで変わり映えはしない。それのどこに何を求めるのか。

「なるようにさせりゃいいんだよ」

 血色の悪い絨毯のように広がる黒霧が空へ舞い上がって消えていく。日の高い場で舞う黒い蛍が煙のように姿を隠し徐々に晴れ渡る。最後の霧が晴れる瞬間に霧の一塊に見えたものが人の形へと変わる。最後のつもりだったのだろうが残念ながらジャブラはそれを待っていた。

『──────ア"』

 額に突き刺さる刃が最後となった敵を討ち取りにかかる。ルッチがわずかに人となるそれと視線をかわすがすぐには消えずにその姿を保ち続ける。

「援護はいらねぇんだろ」

 少し遠い声。だが意味としては相応だ。だから、最後はやるよ。と。言葉はなくとも伝わった。

「余計な世話だな」

 カタカタとなる刀の柄を握る。この状態では感覚のぶれがあっても切り裂くには事足りた。頭部から股下までを両断すると今度こそ霧が完全に晴れていった。



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