CP9小話


□Se prima riunione
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※二強初対面パラレル




この島で行われる事柄すべては非公式扱いだ。理由として継がれゆく技がこの世において知られていないということだろう。だが最もなものは人の生死が関わるからというほうが大きい気がする。だからこそ隣島のない孤島で、関係者以外しか知りえないルートで、人員が増えて減っている。
島全体はそれほど広くない。が、それは整備されている場が少ないという意味であり、そのほとんどは深い森に覆われたままとなっている。剪定もされずただ鬱蒼としている立木の一本一本には必ずシミがあるのも人員の増減に深く関わるものの証、とだけ言っておこう。
海風にはその土地特有の匂いがある。生き物が生きている匂いには死臭も含まれるがそれが死臭だと気づけるものはあまりいない。気にも留めないからだ。匂いよりもここで必要なものは変化が多いその風を読み、どれだけ的確に、対象に攻撃を当てるかである。
森を見下ろし、ただ思うのはそれぞれの位置取りをした格下の同僚たちのうち、誰が一番に自分を楽しませてくれるか、である。対象は己のみ、攻撃を当てるか、触れるかで良いと教官は言ったことを思い出すが、それでは足りない。所詮彼らの道力では自分に勝てない。競り合えないのならこの先での結果など見えているからだ。
しかし残念ながら、こうして待つというのはいつまでたっても好ましいとは思わない。獲物であるのは自分だが、狩る側でないとはいっていないのだ。潜む獲物たちが動かないというならこちらから動くしかないだろう。一人に多勢。数か月前の任務よりははるかに楽しめそうなのは理解していた。
ひと際強い海風が身体をさらったのを合図にしてか、間髪入れずに三日月が空へとあがった。その名と同じく三つの斬撃、そしてそれに紛れている四つ目の斬撃を把握する。はかったのかは知りえないが、なるほどうまいことを考える。三つの嵐脚を躱し、身体一つ分さらに空中へと浮き上がるのを読んでの攻撃だとすれば狡賢いやつがいる。嫌いではないが誤算がある。練度が足りない。

「げぇ、」

音の弾けた方向を見て、そう言葉を漏らす。今のはタイミングも軌道も悪くなかったし、何より完全に死角に蹴りだしたものだ。だというのに、がら空きだった筈の背中に刻まれるはずだった最後の三日月は翻った男の右腕によって弾かれてしまった。擦れ合う音のあと、何かを折られる音を聞いたように感じたがまさか斬撃を素手で受けるやつがいるなんてという気持ちのほうが強かった。
あれが、ここで噂される男の実力か。
真剣を持ってきて正解だった。武器を禁止していないのもおそらくあの男との実力差を考慮してだろうが、道力ですでに大きな差がありそうだとあれだけで理解できるだろうに。大人たちも酷いことをする。
同時に体技を撃った同僚たちと同じく場所を移動する。体技を使った時点でこちらの場所が割れているからだ。いずれはこちらから仕掛けなくてはならないが、三人同時であれではな、と思ったのもつかの間何とも言えない木霊が聞こえてくる。それは徐々に音が大きくなって風を切る音も交じってくる。はっと直線方向の移動先を直下に変更して退行する。数秒前に自身が移動しようとした先に何かが落ちてくる。着地できずに大地にその身体をぶつけて転がっていく。土煙が晴れて、木の根元でぴくりともしない生き物。同僚だった。

「───よう」

やられたなと、それを理解するまでに一瞬で充分に事足りたがそれよりも早く聞こえてきた声。鼓膜を通り抜けるより先にまるで蛇のような、足元からせり上がるものとを必死に抑えて距離をとる。足を止めずそのまま大地を弾く。離れているという気がしないが留まるよりは未だ増しだったし、体技の差を考えると選択肢が決まってしまった。遅れて地を蹴る男が獲物であるはずなのに、これでは真逆ではないか。背後に隠した牙に指を添える。

「あんた"鬼"ではないだろう? 良いのか?」
「見えなきゃ構わねぇさ」

即答と理由の屁理屈さに、釣られたように口角が上がった。見えないならと、そういう理由で対象が攻め入るなら、鬼であるこちらも準じて良いだろう。いつかは捕らえられるなら、その傲慢を崩してやろう。抜き身を突き立てて、足を増やす。確実に出せる数を増やすためだけにわざと速度を殺す。

「"嵐脚"」

彼が遅れて地を蹴ったおかげで速度を殺しても少しだが時間がある。それで十分かは今、自身の双剣の数にかかっている。硬度で勝るならこちらは一矢のためだけに数を撃つ。弾けるものならすべて弾いて見せろという意思表示でもあった。剃の軌道を使用直後に変えるには少しばかりコツがいる。それを知っているのは自分だけではない。あの男が相当の使い手なら使うはずだ。躱すというならば。
だが男はその選択を捨てる。先刻の選択すらも捨てて斬撃の弾を受けて見せる。でもそれよりも先に第三の選択をとる。それはこちらと同じ牙の選択であった。
両の手と牙を支柱にして、両の足を剣にしている時点で、こちらの選択肢が決まっていることに気づくと無意識のうちに舌打ちをした。
男が選んだのは一振りではなかった。だがその牙のいくつかには見覚えがあった。ここにくるまでの何人かから奪い取ったものであることは間違いなかった。血の一滴も付着していないそれらが一度も使われていないことも気づきたくはなかった。
たやすく男はその場から後退して見せる。その後を追う形で三日月たちは刻み進むうちに標的を見失って反れていく。突き立てた牙を下肢の反動で引き抜き、迫る無数の牙をすべて地に弾き落とすころには男の姿を見失っていた。見失ったのは姿だけであり、殺気として気配は周囲に広がっている。一点に残らない気配のどれかに標的がいる。そのどれかを探るには右手の牙はいらない。引き抜いて数秒としない牙を再び地に突き立てると手を放す。
指先を滑らせてそのまま地表に肌を押し付ける。感覚としてはなによりも自身の身体が一番だった。硬い土は塗り固められている地表よりも察知するのは難しい。だが相手はこの世に存在する人間だ。自身の重さまでは隠しきれない。剃を使おうとも、空を跳ねようとも、それに比例した音は消えない。
その瞬間だけをひたすらに待つ。
頭上から一つ気配がした。その気配が真実かはまだわからない。何故かというと殺気が感じるわけでもなく攻撃が来るわけでもない。男はただ待っている。規則性を殺した間延びさせた音が聞こえてくる。一音だけが早まってそこから音は消える。特攻のつもりなら先ほどと状況が被った。
土に触れる指先を伸ばす。五指を広げそれぞれの指に自重をかけていく。下肢を持ち上げ、折り曲げていた身体が伸びきるより先に両足を独楽のように廻していく。回転が足りなことはわかっていたが先刻の戦闘で弾かれている以上はさらに威力を上げなくてはならない。ひと回転し終えるのが限界で二回転に入るよりも男の体技が迫るほうが早かった。反転したまま空を見てそこで今日初めて男の顔を確認する。
「─────"断"」
螺旋状に空を突き抜こうとする両足を重ねて一撃を放つ。普段のものよりもいくらか大きさを増した三日月が空へと上がる。その途中に擦れる枝すべてを土に落としていくが、それが余計なことに、葉を切り刻みところどころで葉緑のふぶきが視界にうつり、そのうち青い世界を駆ける黒を霞ませた。瞬き一つで姿を見失う可能性もあった。体勢を立て直すよりも視線だけが男を見て離さない。けれどその予想は以外にも外れた。
男は対抗の意思を込めた攻撃をしなかった。むしろほとんどの予備動作はなく、無防備に見える男と渾身の威力をと放った斬撃が交わって、衝突した衝撃で三日月は霧消する。余波で男のいた空周辺の雲を消し飛ばして風を起こす。
まさか、と思案した。
誘いに乗ったはずが誘われたのはこちらなのかと、晴れた空の先の男を見る。雲一つなくなった空にはいまだ黒をまとう男が見下ろしていた。
衣服には多少なりの損傷が見えた。その頬には確かな切り傷と赤があった。真っ向から男は彼の至上の技を受けて見せたのだ。これまで見たことのない負傷した姿をさらす愚行よりも彼の技を受けるという選択を男はした。

「回転をかける発想は悪くない。が、仕掛けるまで時間がかかりすぎるな」

これでは仕留めきれない、と言いたいのだろう。当然といえる答えだ。

「避けることもできたはずじゃろう。それに、少しは斬れた」
「……俺以外なら斬れた、とでも言いたいのか?」

音を無くして地表に足をつける。

「受けるかどうかは俺が決める。まァ、多少の難を恐れるやつには無理だろうがな」

一撃を受けた後とは思えない足取りに少なからず心は穏やかではない。鐘が鳴り、訓練の終了を知らせる。その音に交じって男が唇を動かす。音は聞こえずとも唇から読めた言葉に疑問を返した。怪訝な顔をすればようやく答えではない言葉が返ってくる。

「次は任務だ。"カク"」
「……お手柔らかに。"ロブ・ルッチ"さん」
「やめろ気色悪い」


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