CP9小話


□Buona Fortuna
1ページ/1ページ



※記憶喪失豹と縄の二度目まして




廃船島に流れ着くものというのは言ってしまえば、不要となったもののことである。誰かがどんな理由で、不要と判断したのかはわからないがその中には人間も含まれているということをこの時になってようやく思い出すのだ。島をぐるりと囲う海の、いや正確には海の上に存在する島へたどり着く手段は、海列車と船を除けば一握りの幸運をもった人間だということだ。それはこの島にいればなんとなくわかることだ。全身を濡らした奴が廃船島に流れ着いた。とか、そういうことであれば助けたほうがいいかもしれない。と思ったのだ。

だがどうにも話を聞いているとその人間は海にのまれていたわけではないらしい。衣服はおろか髪すら濡れておらず、海に流されるなかで怪魚に襲われたような傷、というよりも明確な殺意のある傷があるという。怪魚には備えられていないもの。心臓から数センチずれた弾倉をみた一人が死んでいるのではと遠目から口走る。濡れていない身体にそぐわない傷があることから浮浪者という感じでもなかった。
なぜか仕事よりもこちらをと、強い希望をもって呼ばれたので何事かと思ったのだ。だがそこで、人ごみをかき分けていく先で、長年働く船大工の一人が覚えのある名を口にした瞬間。その名前を聞き取ってしまったから。つい反応して、一層強い力で人の壁をかき分けて進んだ。廃船島から引き揚げられたのは長髪の男だというのことはすでに聞いていたし、もしかしたら本当の死体が出たのかと思ったのだ。

ほんの数年前から姿が見えなくなりつつも、全焼した本社から遺体とみなされるものが発見されたことはまだ記憶に強く残っている。たとえそれが嘘でもそのほうが。五年間ひとしきり強くあるあの背中を見てきた島民も同僚たちにもいいだろうという選択だったのだ。
それがまさか。こうしてまた、嘘が重なるなんて、
最前へと足がついたとき、その音にか、もしくは気配なのかはわからないが、うっすらと瞳が開くのを見てしまうと、少し前の同僚と同じように唇が動いてしまった。しかしそれが音になることはなくただ空へと吸い込まれていく。

あの、冷たくて、人間なんて見ていない様なあの瞳が、まるでなかったかのように失せていたからだった。
きっと、意識が戻って間もないからだと、そう言い聞かせていたかつての同僚は彼を見て、

「初対面、だよな」

と、奥底にしまい込んだものを砕く言葉を、男は吐いて見せたのである。


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ