CP9小話


□予約済みの相席
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※豹麒麟+縄と社長



大きな仕事ほどこういったことは稀なことだ。納期先の提示した期限よりも早く終了したということは喜ばしいことでもあったからか、社長の一声で歓楽の賑わいへと変わったわけだが、別にこちらから納期の延期を申し出たわけでもない。大きな問題もなく、打ち合わせを重ねて、作り直しては微調整を繰り返し。現場の人間には遅いと思える作業量が、今回の場合はそれは見込み違いだった。
担当した現場の人間にはわからないが、外側から見ていた関係者には明らかなほど作業量に差が生まれていたらしい。担当部のうち三つの部署は普段と変わらない作業量。そのうち二部署にどうやら負担が寄ったらしい。内部の内装に関しては依頼主の意思を汲むのだが、その依頼主の思う通りのものをそろえるのに苦労があった部署がそのうちの一つである。どれをとっても依頼主の了承がいるとあって神経が疲れることこのうえない。歩けばそれほど見えるものでもないのに。

これが、いわゆる細部まで拘る。ということなのだろうか。

「おっせーぞルッチぃ」

三年前からある酒場は人の和ができて溢れている。来客を知らせるドアベルがカラカラと鳴るものの賑わう声とでかき消されて、一部の者には聞こえていないよう。カウンターですでに出来上がっているパウリーが声をかけるとドア付近で飲んでいる仕事仲間が気づいて遅れてではあるが短的に声をかけていった。
こっちこっちと、カクが手招きをしてルッチが隣に座る。

「今日は珍しいね。ルッチが最後かい」
「まあ仕事量はわしより多かったからな」

注文を聞くことなくブルーノが酒の入ったロックグラスを置いた。

「お前よくキレなかったな」
「仕事でキレてどうする」
「言えとる」
「酒飲ますぞ」
「キャーパワハラー」

飲めない年齢はとうに超えたもののまだ日が浅い。今日飲んでいるものもそこまで度数は高くない。一度度数の高い酒を飲んでから慎重になったというのは秘密だが、

「あ、お前アイスバーグさん来る前にやれよな」

グラスに口をつけたところでパウリーが指をさす。覚えてやがったか、とルッチが舌打ちを漏らす。やれ、というのは今回の仕事とは直接的に関係はない。だが間接的にはあるものだ。普段の納期期限と仕事量ならこの賭けはおそらくルッチに回ってはこなかった。請け負った仕事の量に差が生まれたのが単なる偶然だっただけ。

「黙っても駄目だからなッ」
「酔いどれはとっとと潰れてろ」
「…わしを挟んで喧嘩せんでくれ」

再度ルッチを指さすパウリーには見向きもしない。グラスを傾けて酒をあおる。彼にとっては面倒な客を相手取ったことと、その偶然が重なった賭けの事実上の負けが気に入らないのだろう。その時、今夜最後の来客だったルッチのあとで再びドアベル訪問者を知らせるために鳴った。

「あ、」

母音はパウリーが最初。それに気づいてカウンター席で背中を向けたままだったカクが振り向こうと顔を振った。きっとこの酒盛りの主催者にあたる人物だろうと、両の目のうち片目がその姿をとらえるのとは別に、左隣に座るの男の腕がこちらに伸ばされて首に回ったのは同時だった。今度は逆に自身の唇から母音がこぼれる。ぐっと強まった腕の力に逆らう時間などなくて、ただ受け入れて何もできずじまいでそれは離れていった。

「アイスバーグさん、お疲れ様でーす」

ここ一番の声を張り上げてパウリーが言う。それに倣って連なる声の中で二人だけが声をなくしていた。

「ああ、そのまま続けていいぞ。ところでパウリー、お前ルッチと賭けたんだって」
「げ、ばれてら」
「まあそれはいいんだが、もう終わったみたいだぞ」
「───へ?」

なにが、とバーカウンターに座り見知った顔の二人を見る。グラスに二杯目を注ごうとしたブルーノの動きを制してルッチが席をたつ。カクが帽子をかぶり直した。

「んまぁ、残念だったな」

目撃したらしいアイスバーグがそう言うのでハッとなるも遅く、当の本人はすでにいない。

「あ〜〜〜〜あいつ逃げやがったな」

ずりぃ、と零して残り少なくなった酒を流し込む。と、同じくグラスの中身を空にしたカクが続くように席を立ち、棚に並ぶうち、一本の酒瓶を指さした。

「もらえるか?」
「ああ、今日はもう貰ってるからね」

棚の一番上にある、おそらくこの店では上物の酒をブルーノは簡単に手渡す。まだ一度も開けられていないのは、きっと彼の配慮だ。酒瓶を受け取る際、聞き取れない言葉で「いい夜を」と告げられて、苦笑する。

「そうだパウリー」
「あ?」

思い出したようにこちらを見てカクが言うので、ふいにそんな返事をした。席を立ち自分よりも視線が上になったカクを見上げながら、ふと酒に酔ったのか耳まで赤いことに気づいた。

「思いのほか、やわかったぞ」
「……はぁ?」

別に、と続けてカクも店を後にした。意味を理解できずにいるパウリーの隣にアイスバーグが座る。

「お前は知らないほうがいいぞ」

にこりと微笑まれて、もう一度なにが?と思うパウリーと、夜風の冷たさと肌の熱さでどうにかなりそうなカクが数分前に店を出た彼を追う。

改めて手土産を携えて飲むのは彼の自宅だ。きっと歓迎はされずとも、招き入れてはくれるだろう。
ご機嫌取りの半分はすでに前払い済みなのだから。





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