CP9小話


□Per caso
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※二年後麦藁と接触する豹+護謨豹 もう少し追加したかったけど無理だった。




何が起きたのか、簡単に説明すれば船の扉が開いただけだった。けれどその扉は元々あるはずのないものだった。あるはずのない場所でその扉は確かに開いた。問題はその扉の素材だろう。木でも鉄でもないそれは区別するならば無機物とは言えない。溶かして固めたものでもなければ切り倒して加工したものでもなかった。そんなことができない素材、もとより無機物ではないのだから。

空腹に耐え切れないと嘆く声は一味の中では聞き慣れたものだろうし、急かすことだっていつものことだった。ただひたすら飯だ飯と嘆くみっともなく甲板を転げまわる姿もその一つだったのだ。
一つ二つと転げまわり、それがちょうど終わって、甲板の草の海にぴたりと背中をつけた時だった。異変を察してあれ、と思うのもつかの間、不思議と身体が重くなって次には己の意思とは関係のない方向を向く。人間の身体、そして能力がらどうやってでも出せないような音が聞こえてくる。さび付いた蝶番が軋み音を立てる様な、まるで海風にさらせて傷んだ船の扉の様な音がしたのだ。どう見ても、それは人間の身体からはでない音だったが、固定された様な感覚の中でひとつ記憶が掘り起こされる。傍目からは面白いと感じた、そしてとても便利そうな、あの能力を。

空を見上げるように開いた扉の中に見えたのは、船内のテーブルや船底ではない。似つかわしくない黒煙と、わずかな血の匂い。というよりも、なにかが焦げたかのような不快なにおい。
特に、能力以前に鼻の利く船医にはそれが何であるかは把握する。把握はしたが、徐々に増す血の匂いは次第に扉の入口へと接近して、砲台のように飛びだしてきた。
この時点でも、すでに何かありえないことが起きているというのは船員にも理解はできた。ただ一人、その人物を視界にとらえた瞬間戦慄したのは言うまでもないことだ。
忘れられるならそれもいい。だがそれは救いを求め、答えてくれた仲間の記憶をも消し去ることになる。だから忘れるなんてことはできない。

自身の名前を何度も、何度も叫び、生きろと言ったあの声に。どこか楽しげで、心待ちにしたように。けれど恐怖をうつしたあの横顔を、忘れようとするのはできていなかったのだ。
懐になにかを抱えたまま、空を蹴り、吹き飛ばされたさいに失った身体の制御を取り戻すと、男が顔を上げ、船の甲板を見た。一度目を見開きはしたものの、それ以降はまた、あの時見た様な表情へと戻る。
男の生還を知っているように扉は閉じて消える。そこへ数滴、赤い雨が甲板に降り注いだ。
重力にそって落ちる雨が頬に触れる。どうにもあの時とは逆だなと感じたのは、相対していた自分だけか。

誰かが男の名を口するよりも先に、もしくは言い終える直前か。空の雲を切り裂く様に数個の斬撃が視界を遮ってきた。持ち技に似たその鋭さに思い起こす人物がいた。あれ以上に鋭いというなら、なるほど霧散させるだけの剛力にも頷けるというものだ。
音調をずらし、数歩退くと剃を解いた。解いたことで支えが消え、身体が宙で倒れる。斬撃が前後を通過しきる前にその間を塞ぐように三つめの三日月。早めた音玉を数回はじき、屈直に空を移動すると、交錯した斬撃が今度は白煙をあげた。ずいぶんと早い反応だったなと、感心したのはなにも余裕というわけではなくただの癖だった。溜め込み、音を弾く。今よりも高さを稼いだのは次に備えてだった。逃げ場などない海の上で、ほんの少しだけ昔の敵と顔を合わせた。それが任務続行の意と捉えられても不思議はないことだ。
人一倍、自身の言葉に噛みついたらしい男の得意技を、覚えているからこその選択だった。しかしそれでも少しばかり足りえず影が男の体を覆い隠す。

怒りで人の臨界を超えようというあたりがやはり奴が選んだだけはあるのだろう。足りない腕力を補うために左腕をたてる。怪訝な顔が伺えたが、それもそうだ。だが今は使えない。腕を前に出し、角度をずらす。剃れた右足の軌道の内側に入り込み、盾にしていた左手を武器に変えた。身体を滑り込ませ、受けた殺意を倍にして返す。それも長年の癖だった。
片側だけの眉が寄って、こちらをにらみつけている。宙にとどまり続けている時間はそう長くはない。だが突如静止した左腕の重さに瞳が動いた。枝のように伸びる己のものではない腕が蔓のように絡みついている。落ちる速度が増すにつれ風になびく黒髪が肌に触れた。
このまま落ちてしまえば能力者に分が悪いのは明白で、一矢をあきらめる代わりに腹部に靴底を送った。踏みつけて今度こそ高さで勝るとうめきを漏らす身体が離れる。だがその身体が青い地面に触れることはなく再び緑をうつす甲板へと戻されていった。
引き戻したであろう本人の殺気はなく、それに気づいたのか攻撃を始めた戦闘員の二人も態勢を解いた。

甲板の防護柵上に脚をつけたものの、殺気がなくとも戦闘態勢を解かないものが一人いた。
随分と格好の変わった右腕を構える姿は以前と変わらない。あの、造船会社の片割れ。
その瞳がさっさと消えろと聞こえないはずの言葉を物語る。それができれば苦労はない。過去に見た賊の顔など見ようなんて思ったことは一度だってないのだ。消えてやりたいが、まずはこの場所がどこであるかを知らなければ戻る方角もわからない。

「待って」

数倍はある鉄の拳に手を添えて、声をかける。それを聞くべきは自分だというように。一歩前に出たところで視線が男へと向き直る。

「何の用?」
「何も」

そう、これは任務でもなんでもない。ただの偶然、それだけだった。

悪魔の実の能力には稀に覚醒が起きる。三つに分かれる能力のいずれかを得たからといってその可能性が己の一生のうちに起こるかどうかはわからない。が、たとえ完全な覚醒ができなくとも一時的な覚醒がないわけじゃない。例えば、先ほどのような怒りなどの強い感情を引き金にして可能となる臨界の突破である。
いうなれば火事場の馬鹿力なのだろうが、そこにほんの少しの理性があれば近いものには為れる。なぜ断言できるのかそれはまさしく”見た”からであった。まさかこんな近くでそれを見る羽目になるのがこんな土壇場のような状況だったとは、古巣ではあり得なかったろうに。いや、だからあり得たのか。少し前。彼が他人の生を左右することに能力を使用したことはすでにあったことだし、その対象がまた、自身だったというだけだろう。

実際、それが面白くない。確かに故郷で訓練や食事を共にはしたし、道力を上げるため互いに技術の進化を目指した。次第に開く道力の差と、人間と呼ばれなくなるにつれて寄り付く人間が消えていき、それでも何も変わらなかった声量で名を呼ばれることにもはや慣れ過ぎて、当たり前すぎた。
あれがそういう情だと知るのが今だったことも面白くなかった。

爛れた右腕に絡まる白は絵の具のように混ざりあうわけでもなく、水の中に油を垂らしたように分離して、赤い色だけを強くした。赤色が速度を緩めて浸み込むのをただ眺める。数分前、その右腕に収まっていたもう一人。正確にはもう一匹の無断乗船者の姿を追う。その言葉をいくつか理解できるようになって十年以上の年月が経つが、どうにも人間同士とは違う言葉が多くてつまらない。
羽を広げ、まるで人間の両手と同じように仕草を交えて鳴く姿を教えたのは己ではない。ともに連れているうちに勝手に覚え、そして人に合わせてそう動くことを始めたのだ。それがどの人間にも良い印象につながると判断しているのかは知らないが、事実あの仕草をみた誰もが驚きと興味の魅かれた顔をしてくる。
好きか嫌いかでいうなら、好ましく、そしてそれが愛情だという理解もまた当の昔に理解したことでもあった。
しかしながらその、おそらく己のためにと覚えたその芸の一端をかつての標的の一人に披露しているあたり、系統が似通った生きもの同士ならではだとしても、見過ごせるほど温厚というわけでもない。
何をはなしているのかはおおよそ理解できる分、気恥ずかしさが混じっていることにこの場にいる人間では自身以外誰も気づかないが、言葉を理解できるあの船医にはそれが異なっている。
わずかな殺気を込めた視線に別の人物が反応してくることも知っていたのだから、それなりに妥協したと考えたい。けれど

「なあ」

正直聞きたくはない声が誰と呼ばずして自身を呼んでいる。返事をする気もないし、言葉を交わしたくもないわけだが、いい加減このまとわりつく感覚はおさらばしたいので視線だけで流しみる。
やけどに触れない気づかいをするくらいなら、最初から触るなといいたいわけだが、面倒な言葉を一ついうことでさえ諦めがはいっている。

「痛くねぇの?」
「みればわかるだろ」

なんとなく、二年越しにみた顔から察せられる変わってませんという雰囲気がその理由だった。
人の身体を、指や掌を何を思って数分以上いじくりまわしてから思い出したように出る言葉はあまりに無神経だし、そう思うならやめろと最初から言っていたわけで。頬づえをついて眺めていた愛鳥の身軽さがこの一瞬だけ羨まんばかりのものになった。
自分の身体のほうがほぼすべての打撃を無力にすることに長けていることを知っていて、それでも他人の身体の巧技が面白いというのがよくわからない。だがこの男にとっての能力ゆえの当たり前が、己でいうところの当たり前と同義なら。ないもの見たさという一過性の興味でことおわる話。のはずだ。

「硬くもねーし伸びねーし、ほんとどうなってんだ」
「貴様にだけは言われたくないんだが」

ふとよぎる。この問答をあと何度繰り返せばよいのだろう、と。







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