CP9小話


□Non notare
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※成長が楽しみ過ぎてちょっと度が過ぎた訓練をさせている雉。生命器官設定は獅子豹含む。



鏡のようで、けれど明確には姿を映りこませない壁を見る。ぐるりと己の周囲を覆い、内と外を完全に遮断したこの場所は数歩けるだけの広さしかない。空気の抜け道もないので呼吸できる回数も決まっている。呼吸の回数が増えればそれだけ早く肺の中が冷えていく。この中の酸素が尽きるのが先か、それとも己の肺が凍って溺れて死ぬか。いずれにしろここから出なくては話にならないのだ。
能力を得てようやく一年になる。相応しいと口をそろえて言うだけのことのあるそれは、確かに不足した攻撃の威力を支援してくれる。でもそれだけでは、強化ガラス並みに分厚くできたこの檻を粉砕するだけの力にはまだ足りえない。
能力と、それとこの身体と。双方の力を合わせてもまだ足りないだろうなと、息苦しい中で冷静に、隙間もなく、見えもしない外で己を見ているだろう人物を追いかける。
懐かしいとは思わない。拾ってくれた事実と、それに見合う才があると認めてくれたことには多少なりとも感謝はしよう。だがこうやってまるでこの成長を楽しむ親心があるとでもいうように、毎年毎年顔を見せられては困るのだ。
いつかにみた、大きくあった背中になにかを感じてはいけないから。
それがだめだということを最初に教えたのは誰だったのか、忘れたわけじゃないだろうに。
けれど、やっぱり、というか。無意識にでもあるのかもしれないと。本当に少しだけ思ってしまっていけない。
期待に応えたい。でもそれが度を越してはいけない。あくまで彼が求めるのは人間としての力ではなく、確かな力をもつ冷酷な兵器のことだ。
冷たくて、情の欠片など一つもない。そう思わせるという自身の目をみて、彼がそっくりだなぁとつぶやいたことももしかしたら忘れてしまっているのかもしれない。ああ、これはいけないなと、ようやく頭を振った。
何を求められているのか、その答えを間違うわけにはいかない。
思い出すことはそれじゃない、今はもう少しだけ過去の記憶をたぐりよせねば、
残り少ない酸素を代償にして息を整える。ひたりと右の指を氷の壁に吸い寄せる。指の腹が冷たさに張り付くよりもさきに滑らせて、なにかを追うように線を引く。十センチほど動かしたところで掌を、下げたままだった左手も同様に。

さて、巧くいくといいが。珍しい感情は不安と呼ぶ者ではなく、ただの好奇心だった。


感覚だけを記憶の中に沈める。両の手のひらから伝わっていたはずの冷気が生物のように蠢く気がして、時折不快な気分だった。いや、これが正解だ。あれは、いわゆる生き物と呼んで相違ないものだ。

この世に存在する白蛇というのは不幸ではなく幸運を運ぶという。それがいつ誰から広まったのかは知らないが、それがそういう風に見えたことは今でも間違いではないと思っているのだ。
手の甲に毛先が触れた。細すぎる感覚が広がって、眉を寄せかける。確かめるように触れていたひとふさに真似るように片方の指にも同じく白い毛先が触れてくる。指の隙間、関節部に招き入れて、何かを探る。
掌には何もない。

「まだか」
「まァ、もう少し」

両手の指すべてに絡みついたところで、ぴりぴりと皮膚がかゆいような、痛いような感覚が表れる。瞳を細めながら、ただじっとその感覚をだけを追って、肘にまで広がるそれを耐えるようにして身体に馴染ませる。両肩の重さが増して、脱力しかけてくると、いよいよ微々たるものだった感覚が顔を出す。座禅のまま前屈気味になる身体はまだ動きもしないのに、その感覚だけは鮮明に脳へと運ばれて、神経を撫でていく。今度こそ眉を寄せた。苦痛に反応していた身体が内側からざわめいている。まだ慣れないのかと、小さな焦燥を最後に呼吸が楽になった。

「気分は?」
「…悪くない」

やはり同調するまでが長い。

「続けろ」
「あいよォ」

異物を排除しようと働く身体の中を意のままに扱うのはコツがいるのだと、よく言われた。ただ、それができる人間は限られる。
選ばれている。と彼は時折口にしたのだ。


鈍い音がする。壁にもたれて、そのままずるずると座り込む黒い何かをみる。室内のさらに室内。急ごしらえされた氷の室内というのはさすがにきつかったかなという落胆もあれば、まあ良いほうだろうというこれから先の期待値が半々。できそうなものだけど、と不用意に己の能力に触れたはいけなかった。自身の指先に触れた基点から形を失う壁の、ほかの比べれば確かに薄くなった壁に覚えのない亀裂が入る。氷柱ほど鋭くも、速さもない欠片が床に飛び散る。床に触れた場所から徐々に解け始めていた。

「聞いてないんだけど」
「言ってませんから」

掲げた刀身を収めて、言うわけないでしょうという意思表示を込めて。わざとらしく靴底を鳴らした。

「言ってくれればもっと厚くしたのに」
「…本当に好きですね」

俺を虐めるの。
即答で「うん、好きだよ」と言い切った彼に腹が立った。



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