CP9小話


□Estasi
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※ごーるどでの戦闘シーンの捏造


血を見るためならどんなことでもする。という噂はたしかに嘘ではない。けれどそのうちの一握り程度にそのつもりはない、という本心はあるのだ。まあ、あったところで所詮自身は知性を持った獣に寄っているのだろう。と諦めが入っていることもまた事実である。
知性あるものは自分から力を誇示したり、その力をもって誰かを平伏させることもない。必要な時に、必要なだけのものを、知性から切り離して解き放つ。切り離した知性ではない何かは肉体を介して外へと出ていく。高揚とした気がそれに圧されて唇に現れる。そして、

きっかけはなんだったろうか。ああ、任務の途中だったなと。半ば放棄しかけた思考が本来の自分を手繰り寄せてくる。これまでの自分には似つかわしくない護衛という名目のついたこれまでとまったく変わらない使命が目の前で、足場のない黒い海の上で広がっている。
海上にぼうっと、熱と明りをもつ揺らめきが黒く見せる海を本来の色を少しだけ取り戻させる。黒と青の境界に足場をつくるとその部分だけがまた黒く変色した。酸素を消費する音にまぎれた音弾を男は得意げに拾ってみせると、ありもしない足場を崩そうと着地点に焔を撒いた。意味がない、ということも知っているはずだ。月歩は着地点が固定されているわけではない。個人が選び取ってそこが足場になる。

だから空中戦においては足場は無数にある。

最小限の跳躍でわずかに高度をあげると揺らいだ焔の欠片が蛍火のように煌いて、白を輝かせた。それだけでも鬱陶しく、調整した跳躍に重ねて振り払う。つま先に付着した真新しくて鉄臭い赤を払うことと同じように。いままでと何一つ変わらない動作だ。半月にならうその弧が人ならざる風を起こす。ただの一太刀。異なるのは鉄の刃ではなく人の刃であるということ。
弧が膨大してその形を空を支配する生き物の姿を模していく。照らし出した海上を再び黒く覆い隠すと、風がすべてを掬い取り一瞬で消し去る。
男がここで初めて、唇を動かすのが見えた。読唇することも容易かったが、それをこちらは回避への余裕へとみる。
どうしてこうも、単調な思考なんだと。振り払った右足をそのまま振り上げて、威力と勢いを殺さずに弧から円へと繋ぐ。今一度着地点に戻った左足に備えて身体の角度を変え、海上と空の頂に流れる刃とは水平にもう一度狩猟鳥を放つ。逃がすなどあるわけがない。それ以外にしかない選択をしているのだから。一太刀が先に、そして次の一太刀が遅れて男の眼前で重なった。男の瞳の端に、再び蛍火を視認し距離を詰める。
嵐脚を防ぎきっているのが見えた以上、あれは不発だったと理解するしかない。
防御姿勢になかった男の左手の拳が開く。なにかを掬い上げているような、絡めとっているような、そんな仕草がみえた。
いや、あれは。そういった温いものではない。
記憶にある男の能力には前任者が確認されている。どこぞの青年に似てか、それとも気質だったのか。暑苦しいと感じた賊の顔がよぎった。諦観など捨てているようなあの目をこの男も持つというのなら、否定するまでだ。
白煙の中に混じる蛍火は徐々にその数を増やし、白煙すらも食らい尽くす。包み込んだかと思えば一瞬だけ膨らみ、そしてはじけた。
紙の厚みすらない眩くて目がくらみそうな光の壁が男と自身を隔てる。永遠と広がるつもりでもあるかのように立ち昇った格子状の火柱が皮膚に触れる。
どうやらこの男が掴んでいたこちらの能力の詳細は一つだったようだ。加えて、その能力が万能だということも知らない。

硬化した皮膚には確かに硬度が保たれるが、それはあくまで身体の硬度の話だ。内側から浸食するような類にはあまり効果がない。ましてや自然界に身一つで挑むというのがおかしな話。だが捨てるつもりならばそれは問題ない。
硬化とそして見えぬ変化が身体を作り変える。焔に反射した姿はきっと、少しだけ見るに堪えないかもしれない。
数秒前に与えた一太刀とは違い、太く鋭利ではないから、多少の強引さはある。だが穴をあけ、霧散に等しく散り散りにするのは簡単だった。
そこで初めて、男の顔をはっきりと見る。やはり奴と同じ目をしている。
顔のすぐそばを散り散りにした焔がかすめていった。欠片程度でも十分な光源をもったそれが自身の黒曜石と男の黒曜石をうつしだす。光源が中心となって互いの黒にある光をみて、内側からの能力を解きかける。そのうち光源の外にある暗闇から這い出るように動く何かを寸でのところで受け止めた。鈍くも確実に皮膚が焼ける感覚を味わいながら、手土産にとそれをあらぬ方角へとひねりあげる。けれど読んでいたのか、掴みそこなうという能力らしい回避に距離を取った。

「頼むから、邪魔をしないでくれよ」
「何をいまさら」

いったいどの口が云うのだろうと。つい、口角が上がった。

「貴様の面をよく見てみろ」

恍惚としているその顔の、いったいどこにそんな意味があるのか教えてもらいたいものだ。



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