CP9小話


□Tryst
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※密会(痴話喧嘩)してる木靴豹。パラレル風味


一目でみて、というよりも本当に一瞬だけ、といったほうが良い。たったそれだけだからもしかしたら勘違いである可能性もあった。
夜間に少し落とされた照明がてらす室内の人は疎らだったが、店が廃れているという印象はなかった。いくつか初見で店に入るときには、息のひそめられた何かを探してしまうからだった。それらばかりがある店にはいると確実にひと悶着あることが多いのだ。大小に差はあれど騒ぎを起こすことは実際のところ避けたい。このところそれが続いていたせいなのか、弛ませるまではいかずとも緊張の糸は穏やかに線を張っていた。数枚の金貨と引き換えたたった一杯のグラスを受け取って、カウンター席に背を向けた。口に含んだ琥珀色の液体が喉を通る感覚を静かに追いながら一口を味わった。一息ついてようやく店へ入ってすぐ。歩みを止めかけた人物の席を見つけようと視線を動かした。

その席にはグラスが二つ置かれていた。

氷だけが残された空のグラスと、すでに酒が注がれて、濁りかけている琥珀色の水面を傾けるグラスの計二つ。傍目からは待ち人がいるようにしか見えなかった。いる、というよりかはすでにその待ち人は帰った後で汗をかいたグラスだけが長い時間放置されているようにも見えた。

「その席、空いてるかい」

肘をついて、カラカラとグラスを傾けて手遊びをする人物に静かに声をかけると、視線だけが帰ってきた。

「長旅でね、どうだい」

多少高値ではあったがそれほど懐が寂しいというわけでもない。買い足した酒瓶をみせると、かまわないというように男の視線がグラスへと戻る。それを了承したと受け取って、放置されたグラスを端へとおくと隣の席へと腰を落ち着かせた。

「悪いね、誰かと待ち合わせを?」

ほぼ空になりかけていた彼のグラスに開けた酒瓶を傾けると、これまた意外なほど簡単に彼がグラスを差し出してくれた。

「ああ、言いたくないならいいよ。少し付き合ってほしくて」

一人で飲むには寂しくてね、と付け加えて彼と同じようにグラスに酒を注いだ。薄まっていた琥珀が再び色を取り戻すと、室内の明りによって色を変えた。

「ふられたんだ」

男がついぞそんなことを言ってたので内心「おっ」と心が躍りかける。

「……へぇ、そいつは意外だね。こんな色男だってのに」
「そっくり返す」
「俺は…あれだ。放浪者ってやつだし、それに大事な仕事もある」

男が笑ったように声を漏らす。

「仕事ねぇ」

手遊びの延長のようにグラスをひとしきり弄んだあと、男はようやく酒を口にする。こくりと喉仏が上下して、そのあたりへと落ちる黒髪は彼の肌が色白なことをより強調させた。カン、とグラスがテーブルに触れる音がいやに大きく響いた。

「そっちの仕事はさぞ忙しいんだろうな」

動揺らしいものもなく言葉を続けて、酒を煽る。三口目の酒の味は少しばかり薄く感じられた。グラスにはまた汗が伝ってそのうちの滴がテーブルへと落ちて弾けた。

「別に忘れてたわけじゃないって」
「どうだかな」

頬づえをついた彼がいやになく素直なときは、その逆の感情を秘めていることが多いのに、それを忘れかけていた自分も確かに悪い。唸り声がだせるならおもいきり出したい気分だ。

「忘れてたら来ないだろ」
「忘れかけたから来れたんだろ」

なんかこれすごく見覚えがあるぞ。正直いまはそんな昔の記憶はどうでも良いのだが、長引かせると余計にまずいというのは経験としてではなく結果として見てきている。

「それでいつだ」
「ーー何が」

ああすればこうなる、どうすればそうなる。うなり声はいつの間にか漏れている。その横で蟀谷を抑えながらルッチが大きく息を吐く。

「貴様がこれきりだというなら俺はかまわんが」

一瞬、ではなく。今度は数秒目が合って、その分沈黙も長かった。

「なんだ」
「いや、それって期待していいってこと」
「餓鬼か」

そういうことじゃあないと眉が寄り、いつもの表情を見せた後、

「なんのために来たと思ってる」

と、彼はそう続けたのである。




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