CP9小話


□Aggressive
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※青年期木靴豹戦闘訓練。義兄弟組が政府側にいる設定+本編同様の全盛期に近づいてきている豹+護謨豹ちょろっと


久しく姿を見せた上官が軽い手振りをしてそのまま手招きをした。ちょっとおいで、そんな感じで。彼に客人なら己は必要ないのでは、そんな疑問は問うても意味がない。ただ黙って、自身の倍はある背中を追うのが常だった。

この島には人間以外の生物が数多く生息する。

人の気配が少ない森ではそれ以外の息遣いが聞こえてくる。木の葉や木々がこすれて音を立てて、その音の中に潜む小動物の枝を駆けていくかすかな足音。湿り気のある土を掘り、暗闇に潜む獲物をさがす蹄の音。食事に夢中になり、その後方で己が餌になろうとしていることに勘付かないまま、息絶える瞬間の、首の骨を確実にへし折る不快に近い音。忍ぶ足音が確実に近づく気配。風が、音が、匂いが、すべてを教えてくれる。
己にとってはここは訓練場であり、遊び場であり、庭だったのだ。

木の葉に隠された光が葉の中を透けて、うっすらと影に覆われる地面を明るく照らし出す。ほんのりとその場だけが温度を変えながら、きらきらと土に紛れた、人の目には見えにくい滴を宝石のごとく輝かせては決まりなく揺れていた。葉がこすれあって、それがいつしか大きく、大きく音は広がった。大きく広がる音に比例して、こすれあう木の葉は痛み始めて、支えを失いかけていた。栄養素を循環させるただ一つの通り道がついにはぱきりと折れて、大木を去る。去り際に吹き上がる海沿いの風が木の葉をさらい、土に埋もれるはずだった選択肢を強制的に変更する。
大木と大木の間を風の道が緩やかに誘い、暗がりの中抜けた先青空へと木の葉を舞い上げていく。栄養を蓄え、艶を残した真新しい木の葉が今一度太陽にその緑黄を披露することは残念ながらできなかった。
ふいに、木の葉には一線がはいった。薄く、一目見ただけではそうは見えない切り口はゆっくりと葉の表面を侵食して、緩やかに煽られる風の中で端から切れ込みが入る。一枚の葉が、知らぬうちに二枚になろうとした瞬間、数は零へと戻る。いや、元に戻らない炭へと変わった。灰へと変わりゆくかつての木の葉だったものが風の中にその存在を消されていく。少しだけ残された灰特有のにおいが鼻について、眉を寄せた。
嵐脚にこれといった弱点は存在しない。鎌鼬を射殺せる輩がいないから、ともいうがそうじゃない。まず、常人にはその速度からして、認識が遅れるからだ。何かを感じた頃にはもう遅い。知らず知らずのうちに身体に刻まれた刀傷に酷似する傷にうろたえて、ショック死がほとんどだ。
だがこれは、常人という枠にのみで言われる話。常人という枠の中に収まらない連中はこの世には何千何万といる。

「俺の勝ちかい?」

一太刀浴びせたわけでもない青年は穏やかな表情を崩さずに続けた。両足からほのかに感じられる熱量と充てられて上昇する気温にそれを察する。これはなんとも珍しい。そして、

「──まさか」

なんとも、いい遊び相手だ。
しごいてやってよ、なんていうから、大した期待もしていなかった。そういったことがこれまでにも何度かあったから。以前は確か能力持ちでも自然系ではなく、超人系だったと記憶している。有り余る体力に任せたやり方にうんざりして早々に切り上げてしまったけれど、どこか似ているところがあると思うと彼を連れてきた男の顔が浮かんだ。その名と、その孫だという餓鬼の顔も。

音玉を二度、そして三度目の着地の前に踏み抜き、加速する。空中戦なんて、同僚以外とではあまり経験できない。ましてやこちらとは違った能力者。迷う理由がない。両足に纏っていた焔はゆらりと青年の姿を歪にさせる。砕かれた鏡のように至る所でありえない屈折を繰り返しながら、指先から右腕を人のそれとは異なる腕へと変質させた。たゆめく焔が青年の瞳に映り込み、輝く。直線的な攻撃を何かの罠とみて、青年は片腕一つで火の海をつくりだす。無色に近い、人間の目には屈折によってわずかに色があるように錯覚させている太陽の光がさらに煌々とした光に無理かえられる。押し寄せる波が砂浜に侵食して沈み、そしてまた波が砂をさらっていくのと同じように、赤を得た空の海は消えることなく、彼の周囲を熱し続けていた。

「どうだい」

期待した答えがないことを知っている声色がいつもと同じ口調で語りかけてくる。あんまり壊すんじゃないよ、という小言も添えて。

「随分と勘がいいですね」

瞬間的に片腕を硬化し、月歩の応用を織り交ぜた剃で軌道を三度変更してたどり着いたただ一つの建物の壁にはすでにいくつかの穴が開いている。すべて、自らの技によってあけたものである。壁の内側をしっかりと五指で掴み、自重と支えつつ質問に答える姿が見慣れているせいもあるが。

「そりゃお前もでしょ」
「誰かさんが誠実ではないので」
「うわ、ひどい、今の聞きました?」

わざとらしい言葉を青年の保護者に相応しい人物に告げ口まがいで言い切ってみせる。関せずという風貌の男を一瞥したあと、再度青年が作り上げた炎の城みつめた。悪くはない。それでいて、あの炎は揺らめきでこちらの動きを感知している。あれだけの熱量を片腕で御しきるなら、嵐脚の風を狂わせて来るのも頷けるかもしれない。さて、やりようはあるわけだが、

「いいよ、好きにやって」

意外だ、と今一度長身の上官の顔をみつめた。それが彼にも意外だったようで、

「前に来た子もそうだったけど、退屈しないでしょ」

だから、いいよ。と念を押すように続けてきた。平静の中にある、青年と同じか、似て非なる感情がうずきだす。五指が掴む、壁に真新しい罅が入ると、「あーあ」とまた小言が漏れてくる。

「その言葉、あとで忘れたとは言わせませんよ」

壁がはがれ、生まれた牙が瓦礫と化した壁を砕き割った。
ぐっと、崩れかけている壁に両足をつける。高所から落ち、点よりもさらに小さくなって森へと落ちていく革靴などもうどうでもよかった。
跳躍と内に秘める獣が呼応して、ひと蹴りを何倍もの威力に変えてくれる。先ほどほぼ同じ単調な攻撃だが、能力が付加されている分威力と風圧が増した。当然それが、青年のもつ焔に強い反応を示すことも知っていた。即座に反応があって、青年は標的をとらえる。先ほどとは異なる姿の彼を見て、一瞬瞳を見張るものの、すぐに笑みをたたえた。
青年を囲んでいた炎は一瞬のうちに姿を消す。突如、ではあるが明らかに意図的なものに見えた。腕を掲げる姿はまるで人形を操る姿に似ていてそこに本能が割り込んでくる。獣としての本能が告げた直観におそらく偽りはない。けれど、己の本心に偽りを被せたくはない。
ましてや、する気もない。ここは任務の場でも殺しの場でもない。すべて知り尽くした己の庭。何をしようと、何をやろうと、己次第でしかないのだ。
範囲を広げた炎海がどこからともなく出現して、空中という無限の足場を食い尽くす。皮膚をなで、いつしか噛みついてくる焔の熱さが痛みへと変わる。末端の動きが鈍り、次いで足の裏から熱と痛みがせりあがる。表皮が焼けていくのが鼻を使わなくともわかるだろう。知らぬ誰かに言われた綺麗な顔に傷が残るのはまあ、願い下げだが。

「───指銃」

遊び相手には十分なのだから、これくらいのしっぺ返しはくらってやらなくては。
青年へと向けた剃刀の軌道が逸れた。それをみた青年が追い打ちのように焔を手繰る。殺しはしない、でも傷は残るかもしれない。と手繰る指先に小さな重荷を背負う。振りかざした右腕がこちらの姿をわずかに隠し、焔が失せた瞬間かざした右腕という状態が互いに重なっていた。

「"撥"」

キュン、と得体のしれない音を拾った。軌道上に敷いた焔が取り巻いてその何かをほんのわずかにではあるが正体を暴こうと動く。小さく生まれた炎の球状体が速度を落とさず迫りくる。ただそれだけなら、まだよかった。ブラインドが可能だと知っていたとしても果たして何かが変わったのかはわからない。
後方から押し出された得体のしれないと思っていたものはその正体をみせるというようにはじけた。遅れて鼓膜に響く音は確かに乾いた空気がはじけたそれと同じもではあった。見せかけだけではないものに変えてしまったのは己が範囲を広げていた焔だった。
圧縮されていた空気が弾けたことで瞬間的に空気中の酸素が増加する。増加した燃焼要素にしたがって味方だったはずの焔がこちらに牙をむいた。

「さっきの台詞を返そうか」

皮膚が焼け、こちらよりもはるかに傷を負ったはずの二、三年下と聞いていた彼が揶揄するように言葉を発した。軽くなった音玉の混ざる空中にあがる黒煙に隠れてみえた白煙が青年が能力を相殺したことを物語る。だがどうやら、少しばかり遅れたようだった。

「──俺の勝ちか?」

数秒後。歪めた表情で顔半分を左手で覆いつつ、青年は威勢よく言葉を返したのである。




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